第5章雑談:千秋

「千秋さん、こんにちは」
「こんにちは~。
 こんなところで出会うのは珍しいね」

「給湯室の茶葉が無くなりそうだったので。
 こっちになら、あるかなーって」
「ああ、そんなところにまで
 気を配ってくれてたんだ」

「いえ、綾が“無くなりそう!”って
 言ってただけです。
 ここに無いってことは……
 もう、綾が持っていったのかな」

「それは違うと思うんだなー」
「……え?」

「ここには、必要最低限のものしかない。
 だから、3人が
 生きていけるだけのものと、
 少しの余裕分しか
 元から置いてなかったんだよ」

「え、じゃあ……
 いきなり人数が倍になって、
 大変だったんじゃないですか?」

「私も最初は心配したけど
 これなら大丈夫そうなんだなー。
 みんな小食だねぇ」

「は、はぁ……」

そういう問題なのかな……?


仲間のこと

柊さんのこと

「あの名字、似合わなくなったね」
「……え?」

「“柊”って名字。
 前は、名字もやっぱり名前なんだな、
 って思うくらい……
 冷たい雰囲気がある人だったのに」
「そうなんですか」

「“時丘 冬紀”っていうのも
 悪くないんじゃないかなぁ……」
「ななな、なんですか突然!!」

「だって、華菜ちゃんって
 一人っ子でしょ? お嫁に行ったら、
 家はどうなるのよ」
「うちは元々、父が三男だから大丈夫ですっ!
 どうしたんですか、急に……。
 今日の千秋さん、まるで……まるで……」

「姉さんみたい?」
「は、はい……」

「姉妹だもの、似てて当然じゃない」
「なんか、落ち着きませんっ!!」

「うふふ」

急にどうしちゃったのよ、千秋さぁ~ん……。


空山さんのこと

「本当に、私たちと一緒ででいいのかな……
 空山くん」
「…………」

「一応、行き先が無いか……
 調べてみたんだ。
 なかなか良い場所があったよ」
「……え?」

「華菜ちゃんの、元いた世界」
「ええっ!?」

「その世界の空山 茂は
 運悪く、交通事故で死んじゃってるんだな」
「そんなこともあるんですか……」

「死亡時の年齢は、27歳」
「…………!?」

「そう、こっちの空山くんにとっての
 今年がそれに当たるんだ」
「あの……それって…」

「並行世界で暮らす者の寿命は、
 似たり寄ったりなのかもしれないね。
 空山くんの運命は、
 そういうものなのかもしれない」
「…………」

「だから華菜ちゃんも気を付けておいて。
 22歳で、死なないように」
「は、はい……」

「空山くんは、綾ちゃんと一緒に
 行ってもいいと思うんだけどな……。
 本人が聞き入れてくれないんだよね……」

なんとなく、分かる気もする。
たった1年一緒にいただけの私でも
別れるのは辛いと感じるのに……
何年も共に過ごした仲間を見捨てて
自分達だけ助かるなんて……嫌だもの。


千春さんのこと

「千春さん、大丈夫なんでしょうか」

「ああ、もう平気。
 もうすぐ復活するんじゃないかな」
「そうですか……それは良かった」

「正直、メインマシンの正面は
 柊くんのままでいて欲しいけど……」
「……えっ?」

「姉さんより、柊くんの方が
 上手いってこと。
 私の1日の最初の仕事は、
 姉さんが入力ミスしたコマンドの修正だから。
 柊くんは、ミスなんてしてる日の方が少ない」
「う、うわぁ……」

「でも、元気になったことは
 素直に喜ばないとね。ほんと、良かったよ」


綾のこと

「うー、ごめんね」
「……どうしたんですか?」

「だいぶ前、どう話せばいいかわからなくて
 冷たい態度を取っちゃったでしょ?」
「いえ、そのことなら
 綾本人に謝ってください」

「綾ちゃんには、もう許してもらった」
「じゃあ、いいじゃないですか。
 ……今は、どう思うんですか?
 綾のこと」

「有能な後輩。
 そして、何でも出来る凄い子……かな。
 私はきっと、時には飛び込めないから」

「綾はやっぱり凄いなぁ」

「綾ちゃんは凄い子だよ~」


私のこと

「……最近、古いデータを
 検索した形跡が結構残ってるんだけど、
 心当たりはあるかな?」

「無いです」

「操作を間違ったくらいで、
 辿り着けるようなデータじゃないんだけど」

「いえ、知りません……」

うぅ……千秋さんには、
ばれても仕方ないかもしれないなぁ……。

どうしよう……。

「うーん、じゃあやっぱり
 柊くんの言うとおりなのかなぁ」

「柊さんが、何か言ってましたか?」

「古い機密情報を、
 華菜ちゃんが見つけちゃった、って。
 でも、それは偶然だって言ってたけど
 私には信じられなくて」

「でも、本当に偶然なんです」

「…………」

「k、e、y、w、o、r、d……
 何て意味か、分かる?」
「ええと、けー、いー、わい……
 続き、何でしたっけ?」

「o、r、d」
「長い単語ですね。keyは鍵だけど
 ウォードって何だっけ?」

「それ、本気で言ってる?」
「え、何がですか?」

私、何かおかしなこと言っちゃったかな……。

「keyword。キーワード。
 パスワードに、使っちゃいけない文字列のひとつ」
「あう、口頭だとわかんないです」

「まぁ、この程度の単語が
 分からないんだったら、
 本当に偶然なんだろうな」
「……え?」

「ちなみに、wordはウォードじゃなくて
 ワードだよ?」
「あう、あう……」

「私にアルファベットを聞き返す時も
 変なところで切ってたし……
 ほんと、華菜ちゃんは
 英語に向いてないんだねぇ」
「うう……」

でも、向いてないお陰で助かった……。


自分のこと

「そろそろ最後なんだし、
 はっちゃけてもいいかな? とか
 楽しいことを考えてるよ~」
「普段、我慢してたんですか?」

「そういう訳じゃないけど。
 でもやっぱり、人生の先が長いと思うと
 怖くて出来ないことも、
 たくさんあるじゃない?」
「そ、そうなんですか……」

「たとえば、イタズラとか」
「い、いたずら……?」

「何をしようかな~、
 何をしようかな~」

普段冷静な千秋さんが暴走したら……。
か、考えるだけで怖いな。
何事もありませんようにっ!!


他のこと

ごめんなさい

「うーん? いきなりどうしたのかな?」
「私、前……
 千秋さんのリボンのこと、
 否定するような言い方を
 してしまったでしょう?」

「もしかして、気にしてた?」
「……ちょっと」

「もー、そんなこと、
 気にしなくていいのに!
 実際、“子供っぽい”“ちゃらけるな”って
 色んな人に言われたし。
 今更気にしたりしないよー」
「…………」

……う。
本当に、悪いこと言っちゃったなぁ……。

「でもね、お揃いを認めてくれたのは
 ちょっと嬉しいかも」
「…………?」

「華菜ちゃんと綾ちゃんは、
 親友だからって理由で
 お揃いを持ったりはしないらしいね?」
「はい、無いです」

「それって、心の絆でしょう?
 すごいじゃない。羨ましいな」
「でも、大切に思い合っているなら
 絆の形なんて、関係ないと思います」

「そうかもね。
 でも……私みたいに、
 形で意識する性格だと……
 どうしても、
 望まずにいられないこととかも、ある」

「……どうかしたんですか?」

「柊くん、未だに私服で活動してるでしょ?」
「あ、そうですね」

「あれ、気になるんだー、ちょっと」
「まぁ……そうですよね。
 柊さんって、制服が嫌いなんでしょうか?」

「ううん、逆。柊くんは、
 制服を着用することに誇りを感じるタイプ。

 だから、自己都合で抜け出した自分が
 制服をまた着ることは無い……とか
 思ってるんじゃないかな」
「ああ、そういう……」

「でもね。私は、制服のこと、
 そこまで重く考えてない。
 このリボンと同じ、“お揃い”……
 仲間の、しるし」

「……だから、だからね。時々思うんだ。
 柊くんがまた、制服を着てくれたらなぁって」
「千秋さん……」

「華菜ちゃんや綾ちゃんみたいに、
 形に囚われない性格だったら
 私はこんなくだらないことで
 悩まずに済んだのかな?」

「……わかりません。
 でも……
 くだらない悩みだとは、思いません」

「そう……ありがとう」


消えない人

「親が時にさらわれても消えない人って、
 どんな人なんでしょう?」

「ああ、この前の話の続きかな?」
「……はい」

「私と姉さんが、そう。
 親が時にさらわれ、殺されても死ななかった」
「……え!?」

あ、まずいこと聞いちゃった……。

「あ、あの!
 そういう話だったら、いいです」

「いいんだよー。
 その証拠に、この間ははぐらかしたのに
 今は、何の躊躇いもなく
 話し始めているもの。

 きっと、私と華菜ちゃんが
 一緒に過ごした時間が、
 そうさせてくれるんだろうね」

……突然だなぁ、この人。
わ、私がびっくりするんだけど…。

「それとも、華菜ちゃんが聞きたくない?」
「いえ……その。
 聞いてもいいのなら、知りたいです」

「じゃあ、話しちゃうぞ~。
 久しぶりに家族の自慢が出来るし!」

「…………。
 私たちの親は、どちらも有名な研究者だった。

 きっと、未来に影響を及ぼすような」
「す、すごいですね……それは」

「でしょ!
 でも……それって、自慢になっちゃうじゃない。
 だから、あんまり人に言えないんだよね……」

「…………。
 私が、とても小さい頃……。
 そう、何でもない、普通の一日のはずだった。

 夕食の時……黒い穴が
 部屋中に無数に開くまでは。

 穴は父と母をさらった」

「姉さんと私は怖くて、
 ふたりで抱き合い、
 手を繋いでずっと一緒にいた」

「……気が付くと、病院だったわ」

「私は、幼すぎると判断されて……
 すぐには教えて
 もらええなかったんだけど……

 両親は、さらわれただけでなく、
 殺されていた」

「私の家に残る様々な痕跡から
 私たちの親は
 未来からさらわれた後に
 過去へ連れ去られ、
 その後に殺されたと分かった」

「そんな、ひどい……」

「なぜ、そんな回りくどいことを
 されたのかは分からない。

 犯人はひとりではなく、
 もしかすると複数の人が
 私たちの親を狙っていたのかも知れない」

「だって、今は知ろうとすれば
 未来から情報を得ることすら
 可能な時代なんだからね」

「あ、そういえば……」

「この話で重要なのは……
 私の親は過去で死んだ、ってこと」

「……あ!!」

「過去で親が死ねば子も死ぬ……
 そういう仮説を、
 姉さんと私という“存在”が否定してる。
 こういう例は、他にも存在するわ。
 決して珍しくはない」

「でも、消えてしまう人もいる。
 その違いはわからない……」

時を自由に越えられるようになるって、
大変で……そして嫌なことだな。

きっと、どんな決まりを作っても
それを破って、歴史を変えようとする人が
出てくるんだろう。

「私と姉さんは思ってる。
 あの時、ふたり一緒にいたのが、
 その原因なんじゃないか……って」

「……え?」

「時に飲まれても、
 少し手助けすれば自力で帰ることができる。
 そういう、ものだから。

 きっと、私と姉さんは
 お互いがお互いを思っていたから、
 “ぶれずに”ここに
 存在し続けられたんだろうと……
 そう、思ってる」

「……“ぶれない存在”…」

「時空って、謎が多いよね」
「そ、そうですね……」

「こういう仕事に就けば、
 少しは何か分かるかと思ったけど……
 分からないことが増えただけ!
 なーんにも分からなかった」

「最初は、そんな現代の技術に
 苛立ったりもしたけど……
 今はそうでもない。
 分からないことの方が多いんだ、って思ってる」

「そして……
 分からないことは、
 知る必要が無いのかもしれない……とも」

「千秋さん……」


行方不明者の行方

「……本当に、それは分からないんだ。
 私たちの技術では」
「そうですか……」

「でも、見つけ出すことができる人もいる。
 そんな力を持った人も、
 他の世界には……いるみたい」

……あ。
もしかして、違う私のことかな。

綾を見つけて再会してるのを観測したって、
言ってたっけ……。

「華菜ちゃん」
「は、はい……。
 なんでしょう?」

「これは、秘密だよ」
「……え?」

私も秘密はいっぱいあるけど、
千秋さんに先にそう言われると
なんか緊張するなぁ……。

「空山くんには、妹がいたんだ」
「そうなんですか……」

「夏美ちゃんっていう、
 空山くんの8歳年下の
 可愛い子なんだけどね」

「3歳の時に、時に飲まれて
 行方不明になった」
「……え」

「幼い子供に、時を越える体力は無い。
 行方が分からなくなった時点で
 生きていることは期待できない」
「…………」

「でも、行方が分からないだけで
 運良く助かっているかも知れない」
「…………」

「自衛官はね。家族を優先できないんだ」
「……そうなんですか」

「そう。私と姉さんは、
 こんなところにいるから好き放題やってるけど
 本来なら、仕事中は
 仲の良い他人という関係であるべきなの」
「……は、はぁ」

「空山くん、本当は捜したかったと思う。
 夏美ちゃんを」
「そうですよね……」

「だから、私達は捜したよ。
 この3年……。

 でも、手がかりすら見つからなかった」

「時間もない。
 諦めるしかないんだと、分かってる。

 でも……諦めたくないと思う私も、いる……。
 この気持ちは、どうすることも出来ない……」


仕事には“穴”を使っている?

「そうだよ。よく気づいたね」
「気づいたのは、綾だと思います。
 私は、綾が言ってることから……
 想像しただけで」

「そっか。やっぱり鋭い子だなぁ」
「そうですよね。私もびっくりします」

「……仕事に穴を使う理由は、単純だよ。
 それしかないから。
 他に方法が無いからなんだ」

「そのまんまですね」

「そう、そのまんま。
 時の中での作業は、いずれは
 機械化されればいい……って
 考えてる人も多いんだけど
 前線の人達は反対意見が多数かな」

「……あんなに疲れそうな仕事なのに?」

「うん。“心の触れ合い”が大事なんだって。
 だから、そこは機械に任せることが出来ない」

「……心の触れ合い…」

「……と言っても、方法は様々だけどね。
 
 あまり触れすぎると、
 相手の記憶に残ってしまうし。
 それは夢のような曖昧なものらしいけど、
 相手に影響を与えすぎるのは良くない」

「柊くんは、基本ノータッチで
 元の世界に帰せてしまう、かなりのやり手。
 一言くらいは声を掛けるらしいけど、
 それも、本人を我に返らせるくらいの
 どうでもいい、記憶に残りにくい言葉」

「逆に空山くんは相手に触るね、すごく。
 それによく喋るんだこれが」

「よくないことじゃないんですか?」

「喋りすぎで、多分、
 あれも記憶に残らないんじゃないかな。
 “なんか疲れる夢を
  見ていたような気がする”とか
 その程度なんじゃない?」

「な、なるほど」

「どちらにしろ……
 たとえ疲れても、人がやるべき仕事なんだって、
 疲れている本人達が言ってる。
 この意見を、無視するのはどうかと思うな」

「現場の意見ってやつですね」

「そうかもね」


ゲートオープン

「あれは慣れと思い切りだね」
「そうなんですか?」

「うん、そう。私、初めての時に
 綾ちゃんと同じ経験をした。
 最後だけ……駄目だった」
「そうだったんですか……」

「こんな私だからね。
 ずーっと落ち込んでて、どうにもならない状態で。
 そんな時、ベテランの先輩が
 私のところへ来て、言った」

「“飛ばされてもらえなかった方の
  気持ちになってみろ、
  どれだけがっかりすると思ってるんだ”
 ……ってね。

 立場の違いってやつだね」

「“だから、気楽にどーんと飛ばしてくれ、
  ゲートの中の奴はみんなそれを期待してる”
 とも言ってくれた。
 それで、なんだか吹っ切れたな。
 相手も私も、仕事でやってるんだって。
 私は見送るのと、待つのが仕事なんだなって」

「それ以降は、ミス無しですか?」

「そんなことないよ。
 でも、致命的なミスはなかったかな」

「でも、誰でも
 こういう考え方ができるとは思わない。
 実際、繊細な綾ちゃんがそう。
 私は、運が良かっただけ」

「でも綾は、今の方が気が楽でいいって
 言っていましたよ」

「……うーん。
 私は、快く賛成することはできないけど……
 本人がそれで気が済むなら、
 それがいいんだろうなぁ」

「……そういえば、
 千春さんはどうなんですか?」

「姉さんは凄いよ~。
 最初から今日まで、ミス無し」

「ええっ!?」

「しかも、タイミングを間違えたこともないの。
 コマンド入力のミスは時々あるんだけど
 一番重要なのは最後のボタンが押される
 タイミングだからね~。
 あれがずれるのが、
 実は一番、負担が掛かっちゃうんだって」

「じゃあ、一番重要なところは
 きっちり押さえてるって事ですね」

「そうだよ~。
 ゲートオープンに関しては
 一度は完全機械化されたこともあるけど
 マニュアル操作に戻っちゃった技術なんだな。
 それくらい、人の手で
 行われることが重要ってことだね」

「そうなんですか……」

「それに、暴発事故とかもあったみたいだし。
 私が生まれる前のことだから
 詳しくは知らないんだけど……」

「じゃあ、ひとりがひとつのゲート……って
 いうのにも意味があったんですね」

「そうだよ~。
 タイミングの問題とか、事故防止とか……
 色々あって、1対1が
 一番良いって結論になったんだ」

逆に言うと……
身体への負担や事故を恐れないなら
使えなくもない手段……ってことか。

もちろん、最後の手段だけど。

「世の中、意味のない決まりは
 少ないってことだね」

「そうですね」


  • 最終更新:2012-04-11 10:03:17

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