すれ違う心

1

とんでもない話を聞かされたと思う。

でも、それでも……
私のために、
自分の友達と私たちの為だけに
動いてくれていた人がいたなんて。

柊さんはきっと
別の私の幻影を追っているだけだろうけど
そうだとしても。

知らない誰かが
ずっと私を見守っていた。
そう考えると、胸がどきどきした。

この感情が何なのか、
私はもちろん知っている。

それに気づかないほど
私は漫画的に鈍感ではない。

そして、この思いが
報われないことも分かっている。

だって、あの人が見ているのは別の私。
死んでしまった、
別の“時丘 華菜”だもの……。


私と綾は、とりあえずこの世界に留まることにした。
滅亡に付き合うつもりは
さすがに無いけれど
もし千秋さん達がいい方法を思いついてくれたら
確実に助かるかも知れないし。

私だって綾だって……
死ぬ可能性の方が高いところへは戻りたくない。


お互い、ちょっとひとりになって
気持ちを落ち着けよう……という話になったので
今はひとりで基地の中をうろうろしていた。
あまり遠くに行くと、
メンテナンスをしていないので
危ないと言われたから、
知っているところだけを歩くように注意しながら。


行けるところには窓が無くて
ここが海の底だなんて
やっぱり思えないけれど
金属の壁には近未来的な何かを感じる。
過去が少し変わったら、
私の世界もこうなっていたかも知れないんだ。

滅亡は御免だけど、科学文明が発展した
こういう世界って、ちょっと格好いいよね。

この時代の私や綾は
“移住完了”しているから、
理論上は私がここにいても問題ないはずらしい。

あるとすれば、元の世界で
私が失踪してしまっている、ということか。

そんなことを考えていると
段々こちらの世界にも慣れてきた気がしたので
居住区域に帰ろうと、廊下を歩いているときだった。

私の目に、柊さんの姿が飛び込んできたのは。




居住区の扉は、ロックが外されているので
開きっぱなしになっていて。
でも、それを開いた主は中へ入る前に
力尽き、倒れてしまったのだろう。

「……柊さん!?」
私は柊さんに駆け寄った。

「あの、しっかりしてください!
 綾ー! 誰かー!! 誰か来て!!」

汗をかいているようだったので、
拭いてあげないと、と思った。
ポケットから出したハンカチを
彼の額に当てたとき、
柊さんの腕がゆっくりと動いて……
私の制服の袖を、掴んだ。

「……誰も、呼ばないでくれないか」
弱々しい声だった。

「変な意地、張ってる場合ですか」
「……ちがう」
「そんなこと言って。男の人って、変ですね」
私は焦りと切なさを同時に抱いた、
おかしな精神状態になっていた。

「ちがうものは、ちがう」
「じゃあ、何ですか?」
「誰か来たら……ふたりきりでは
 無くなってしまうだろう?」
柊さんが、微笑む。

「……っ!!」
その言葉に、私は腹が立った。
正直、相手が病人でなければ
そのまま立ち去ったかも知れない。

この人は、死んでしまった別の私と
私を重ねているだけだ。
そして、そうなることは最初から理解はしていた。
分かっていたのに、
一瞬でもときめいた、私が馬鹿だった!!


その後はお互い無言になってしまった。
私は、拭いても拭いても止まらない
柊さんの汗を拭きながら、
誰かが来るのを待った。


「誰か叫んだか……って柊と華菜ちゃん!?」
駆けつけてくれたのは、空山さんだった。

「ここに倒れているのを、私がたまたま……」
私と柊さんを見下ろす空山さんは、
青ざめていた。
やはり、久しぶりに会えた友人が
再会するなり倒れたのがショックなんだろう。


「…………」
「あの、空山さん。後をお任せしてもいいですか?
 私じゃ、どうにもなりませんし」
「…………」

「……え? お?
 お、おう。当たり前だ。後は俺に任せとけ」
空山さんはかがむと、
倒れている柊さんに肩を貸すようにして担いで
そのまま居住区域の方へ歩いていった。

私はその後ろ姿を、切ない気持ちで見つめていた。
空山さんも不安そうだったし、
本当は一緒に行った方が良いのかも知れない。

でも、私の心は
そこまで広くは、ない……。


2

ここからしばらくは、華菜と別れた後の
ふたりの男達の話。
華菜が後で知ることになる、真実である。

――男性の居住区、空山の部屋。

空山は柊をベッドに寝かせた後、
千春、千秋に連絡をし、
その後、柊と話していた。

「いやー、倒れているお前を
 華菜ちゃんが介抱してるのを見たときは
 もの凄くヒヤリとしたけども……」
空山は安堵のため息をつく。

「なんだ、おかしいか?」
柊はぶっきらぼうに、答えた。

「おかしいだろ。
 助けても繰り返されるのか……
 それだけじゃ、駄目なのか……
 ……なら、他に何をすればいい?
 
 現実ってのはそこまで残酷なもんなのか、って
 柄にもなく俺の方が絶望しそうになったぜ?」
「ああ……そんな風に見えたのか。
 そういうことなら……
 俺も、同じ不安を抱えている」
雨の日ではない。
しかし、力尽き倒れた柊を助けたのは時丘 華菜……
その事実は、ここでまた繰り返されてしまったのである。

「彼女が賢いのか、お前が何かしたのか、
 どっちなのかね」
にやにやしながら、空山は柊を見る。
柊は目を閉じたまま答えた。

「何か、とはなんだ?」
「うまいこと怒らせるとか」

「そうだな~、例えば……
 自分が倒れているのを良いことに、
 スカートの中を覗くとかさ」
「お前じゃあるまいし」
柊は鼻で笑った。

「だよなぁ。そんなことしないよな、お前は。
 じゃあやっぱ、あの子が賢いのか。
 お前も、その周囲に心配かける癖、治せよな」
「…………」
柊は、しばらく黙っていたが

「真似をしてみた」
と呟いた。

「今、何もしてないって言ったとこじゃん!?」
空山は分かりやすいツッコミを入れる。

「もう少しふたりきりでいさせてくれと、言ってみた」

「ぶっ!
 知らない間にえらくキャラ変わったなぁお前!」
空山は飲んでいたコーヒーを噴き出した。

「お前が言うと、俺が言うより
 ずっと効果があるんだろうなぁ!
 あー、俺も過労で倒れてみたいね!」
「……相手を怒らせたぞ?」
「この状況ではね。そりゃ彼女は、怒るだろうさ。
 けど、ふっつーの、何にも知らない女の子が
 お前みたいな奴にそんなこと言われたら、
 簡単に落ちるんじゃないかねー。
 このプレイボーイめ」

「いや、そういうつもりでは……」
「えっちー。柊のえっちー!
 あわよくば次の段階に…とか狙ってただろ~」
何が悔しいのか、空山は柊を罵倒し始める。

「だいたい、お前は生まれたときから
 得しかしてねーんだよ!」

「俺だって決して顔は悪くないはずなのに
 お前と同じチームにされたばっかりに
 女性陣には見向きもされず」

「相棒がお前なんかであるせいで
 俺は常に引き立て役!
 なんだよこれ。
 こんなことが許されていいのかよ!?」

「お前の顔目当てだった子も
 お前が訳の分からん奴だと思ったら
 遠ざかっていくし!
 お前の協調性の無さのせいで
 崩壊したチームがいくつあると思ってんだ!?」

「配属が変わっても
 お前の相棒が務まるのが俺だけとか
 そういう訳の分からん理由で
 結局お前からは解放されず
 俺の苦労の日々は続く!!」

「その上、はるちゃんちあちゃんは
 俺のこと、男として見ようともしない
 常に仕事最優先の真面目っ娘!!
 いやそういうのも可愛いけど!
 俺としては寂しいわけで!」

「それもこれも全部、お前のせいだ柊!!」

「……はぁ、はぁ」
「気は済んだのか?」
「……済むか!!
 だが今日はこのくらいにしておいてやるぜ」

「俺もお前のようだと、良かったんだが」
嫌みを全て聞き流した後、柊は呟いた。

「……ん?」
「なぁ茂、どうすれば女性に惚れることができる?
 俺はその辺の感情に、疎すぎるんだ」
「何を今更。疎いとしたら、
 自分の感情じゃなくて、やってることの方じゃね?」
「いや、違うんだ」
柊は何度も否定する。
おかしい、と感じた空山はからかうのをやめた。

「……どうしたよ?」
「死んだ華菜さんが……俺に惚れたらしいんだ。
 何も出来ない、する気も無い俺に……。
 だから、あの人が俺に惚れなければいいと思った。
 現象を逆にすればいいと考えた。
 それで咄嗟に…あの人と同じ事を言った。
 もう、二度目になる」
「どゆこと? その辺詳しく」
口調は軽いが、空山の顔は真剣だ。

「華菜さんは、あの時丘さんとは違う。
 時丘さんは、異様に大人しい。
 どちらかといえば、中井さんの方が
 俺の中の華菜さんのイメージに近い」

「つまり、死んじゃった彼女は
 綾ちゃんのように快活で元気だったと。
 まぁ、それ自体はあんまり珍しい現象じゃないよな。
 別世界の同一人物は別人……よくある話だ。
 だが全くの別人でも無いと思うぜ、
 こっちの華菜ちゃんも、ああ見えてかなり大胆だ」
柊はまだ知らないが、
華菜は大規模失踪事件を未然に防いだのだ。
無知ゆえの勢いとはいえ、
度胸がなければ、できることではない。

「俺は、異性に惚れるということは良く分からない。
 あの世界を去るとき、
 “実は愛してました、
 これからも世界を超えて愛しています”と
 告げられたとき……驚いたが、それだけだった」
それを聞いた空山は、ピューゥ、と口笛を鳴らした。

「俺は、知らぬ間に時丘さんに惚れられてはいけないと、
 いつも、いつも考えている。
 別人でも、魂は繋がっているから、
 やはり心は似ている部分もあるだろう。
 それが、怖いんだ」
「ほほーう?」


「出会って間もない頃、言われた。
 『そんなに緊張していたら、
  治る身体も治りませんよ。
  ほら、試しに……
  私のこと、“華菜さん”って呼んでみなよ。
  よそよそしい態度を変えるだけで
  随分、気楽になれるから』……と」
「完全に遊ばれてるな。
 ……出会った時って、華菜ちゃんの方が
 年上だったんだっけ? いいねえ、いいねえ」
無感情に淡々と語る柊だが、
聞いている方の空山の表情はくるくる変わる。
聞き手にとっては面白い話なのだろう。

「ある時、俺を見舞いに来てくれた彼女が
 逆に突然倒れたことがあった。
 ……過労、だったらしい。
 あの世界ではよくあることらしいが
 ようは働きすぎていたんだ」
「まぁ、こっちの世界でも過労はあるわ」
呆れた声で空山が相槌を打つ。

「すぐに看護士を呼ぼうと思った。
 だがその時、彼女は言ったんだ。
 “人が来たら、
 ふたりきりでいられなくなる”――と」
「その時点で惚れられてる事に
 気づかないお前にびっくりだよ」

「だから、しばらくしてから看護士を呼んだ。
 最初もさっきも、
 俺はあの時の彼女の真似をしたが
 成功したと思うか?
 俺は時丘さんに惚れてはいない、だが……
 相手は勘違いしてくれたと、思う。
 そう、俺は“時丘さんに惚れられる”という
 現象を否定してみたが……お前はどう思う?
 俺は……」
柊の表情が、少し暗くなる。

「あー、うぜぇ。
 やめろやめろ、やめちまえ」
柊の言葉を、空山は遮った。

「本気で言っているんだが」
「そんなに心配しなくても、
 俺たち3人は来年には死ぬの。
 彼女が死ぬところをもう一度見たくないなら
 お前も混ざればいいじゃん」

「1年引き留めて、ぎりぎりのところで放す。
 そしたら、彼女の未来がどうであろうと
 俺たちは知ることが出来ないだろう?
 変な心配しなくても良いんだよ。
 しかも、現象としても
 彼女より先にお前が死ぬんだから、
 多分彼女はお前という存在から解放される。
 だから自由に行こうぜ、自由に」

「そうか。その手があったか」
「それを真に受けるのかよ、お前は」
真顔で納得している柊を見て、
空山はうなだれた。

「だが、やはり」
「……ん?」
「それは嫌だな。
 俺が死んだ後も、彼女には生きていて欲しい。
 命尽きるまで、ずっと」
柊は小さくため息をつく。
「言うと思ったー」
空山もため息をついた。


「で、ひとつ確認するけどよ。
 その汗は演技でかける汗じゃあないよな?
 何があった?」
「……使いすぎた身体にガタが来ている。
 それだけだ」
抑揚のない声で言い捨てる。
柊にとっては、
本当に、どうでもいいことなのかもしれない。

「それだけ、て。あっさり言うねぇ。
 言っとくけど、24歳ってまだ若い方だからね?
 四半世紀も生きてないからね?」
空山が肩をすくめる。
「まぁ俺も、誰かさんがいなくなったせいで
 最初は相当こき使われたけど、
 俺は休みどころは分かってる人種だからねー。
 お前も、手の抜き方を学べよな」

「あと1年ぐらいなら、このままでも行ける」
「へーへー、そうですか」


海の底の夜は、こうして更けていった。
それでは視点を、華菜に戻すことにする……。


3

私より先に、綾は戻ってきていたようだ。
寝る支度をしている。

「いやー、今日の話はびっくりしちゃったね」
その割には、いつも通りの笑顔だ。

「……うん、そうだね」

「華菜って悲劇のヒロイン一歩手前なんだねぇ。
 そんなことは、この中井 綾が許さないけど」

「ありがとう」

「あれ? 何かあった?」
私の話し方が、ふわふわとしていて
安定しないからだろう。
綾が心配して、私の顔を覗き込んだ。

「……うん」
「言えることなら言ってみて?」
綾は、いつものようにお姉さんモードだ。
疲れたなら、全部話してしまえばいい、と言う。

話すことで、余計疲れることもあるけど……
でも、綾の言っていることが
間違っているとは思わない。

「ごめん、今は言いたくないかな」
「そっかー。じゃあ私が話してもいい?」
綾はすぐに、話を切り替えた。

「うん」
私は相槌を打つ。

「ああ、真面目に聞かなくてもいいからね。
 誰かに聞いて欲しいだけだし」
「……うん」
知ってる。
……貴女がそういう人だって、ちゃんと知ってるよ。
大丈夫。


「私ね、実は最初から知ってたの。
 私は失踪して、行方不明になる、って。
 私が原因で華菜が死んじゃうって話を……
 千秋さんが教えてくれてたの。
 千春さんと空山さんには内緒で」

「どのみちそうなるのなら、
 先に来た方が事情を知っていた方が
 混乱が少なくて良いと思う、って」
ああ、千秋さんらしいなぁ。
会って間もないけど、そう思う。

「最初は信じられなかったけど、
 華菜がここに来たから、実感が湧いた。
 ああ、そういうことか、って。
 それまでの私、わけがわからなくて、
 気持ちが全然落ち着かなかったんだ」
「大変だったね……」
私には最初から綾がいた。
でも、綾は2週間も、ひとりで耐えた。

「“ぶれない存在”って話、覚えてる?」
「ああ、そういえば……」
綾にとっては私がそうなのだと、
千秋さんが言ってたっけ。

「やっと詳しい話も聞けたことだし
 そのことを千秋さんに
 詳しく聞きに行ったんだけどね、
 あれって半分は嘘だったんだって。
 私を納得させるための。
 じゃないと、私が帰りたがるだろうから、って」
そういえば、
そのことについて説明するときの千秋さん、
ちょっと不自然だったかも。

「最初の、そして最大の目的が
 華菜と私の確保でしょ。
 それしか考えてなかったから
 私には華菜を待つ理由が必要だった」

「でも、華菜がいつさらわれるのか、
 それともあの世界では
 そんなことにはならないのか……
 それは、予想も付かないことで。
 だったら、私を引き留めるしかない」

「酷い嘘をつくなぁ、って思ったけど
 もし華菜がさらわれなくても
 それなりに面倒を見るつもりだった、って
 言ってくれたし、許すことにした!」
綾らしいなぁ。

「それにね、思うんだ。
 千秋さん達が本当に助けてあげたいのは
 きっと柊さんだって」
……そうかもしれない。
見知らぬ私に親近感を抱いていた、と
言っていたけど
それだって、別の私が柊さんを少し変えたからだ。

「あとね、もうひとつ思うんだ。
 “ぶれない存在”のもう半分は嘘じゃない。
 それを華菜は私の前で証明した。
 ……それが、私がここに留まろうと思えた、
 最大の理由」
「……え?」
どうしてそこで、私が出てくるかな。

「千春さん達が帰ってくる前、
 ばっちりしっかり証明したじゃん。
 あんなの見たら、自分のことばかり
 考えてなんかいられない」
そういえば……勢いだけで、
なんか凄いこと言っちゃったような、
やってしまったような……。

「本当は家族のことが心配だし
 学校のことも気になるけど……
 今は、気にしないでおこうって。
 目の前の問題に集中しようって思ったんだ」
「うん……」
私の頭の中は、今それどころじゃないけれど。
綾はいつも、私の前を歩いていくなぁ……。

「で、やっぱり思うんだ。
 来年死んじゃうのを受け入れてるのが
 一番悲しいって」
「……あ」
確かに、そうだ。
何も思いつかなければ、その時には
諦めて元の世界に帰してくれると
言っていたけど……そうなるということは
あの人達が死んでしまうということ。

「だから、まずは知ろうよ。
 あの人達のことをさ。
 そして、考えよう?
 あの人達が、死なずに済む未来!」
明るい笑顔で、綾が言う。

「……そう、だね」
「うん、うん。
 華菜が賛成してくれて良かった」
綾は本当に嬉しそうだ。

元の世界で、
私には綾しかいなかったのと同じように、
この世界では……
綾には私しかいないのかもしれない。

「……理由はどうあれ、
 ずっと見守ってきてくれた人達だし」
「そう! 私もそう思ってた!」
恩返し、するべきかもしれない。

「あと1年もあるんだし!
 華菜が死なない未来と、
 みんなが死なない未来。手に入れようね」

「……綾、自分が失踪しない未来もだよ?」
「あ、そうだね」
私が呆れた声で言うと、綾は照れた顔をした。
そもそも、別の私が死んだ発端も
綾が失踪したことらしいではないか。

うん、頑張ろう。
柊さんのことは、許せない部分もあるけど
それはそれ、これはこれ。

今の話で…再会したとき、
綾の様子がおかしかった理由もわかった。

そうだ、頑張ろう。
本当の意味で前が向けるように
私も、みんなも変われたらいいな。


  • 最終更新:2012-04-11 09:12:48

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