わずかな変化

この世界に来ただけでも、慣れないことばかりの
緊張の毎日だったというのに
私や綾を戦力として数える
新体制に変えようと
最近、試行錯誤しているからだろう。

私は少し、疲れていた。
空山さんに折角、教えてもらったのだから
疲れは溜めないよう注意はしていた。

それでも、取れない疲れもあるもので。

ああ、疲れって、こうやって
どうしようもなく
溜まっていくのだな……と思っていた。

でも、このくらいの疲れが、
死に繋がるほど深刻なはずがない。

年単位で疲れを溜め込んでいる人が倒れるのだ。
来て数ヶ月で疲れ死ぬ心配をするなんて、
甘えもいいところだ……と考えている。

実際、倒れるほど疲れ切っている柊さんも
倒れはしたけど、生きてここにいる。

あの人は体調が悪くても、あまり表情を変えないから
最初はちょっと心配したけど
敏感な綾や付き合いの長い空山さんが気づくので
結局、今も無事だ。
持つべきものは良い仲間、だなぁ。


「……何をやっているんだ、お前は!」

廊下の奥から、柊さんの怒鳴り声が聞こえた。
同じ方向から空山さんの声もする。

どうしようか?
行ってみた方が、いいかな……?


もう仲間なんだし、様子を見に行こう

それは、コンテナがたくさん置いてある
広い倉庫の方から聞こえてくる会話だった。

私は、そちらへと向かう。
目的地に近づくにつれ、会話の内容が
聞こえてくるようになる……。


「お前は、こういう馬鹿ではなかったはずだ」
「まぁ、確かに
 ラストスパート掛けてる気分だな、ちょっと」

「……それには早すぎる」
「いいって。大丈夫だ」

何の話だろう……?

「俺という前例を知っていながら……」
「知ってるからやるんだよ。
 そのくらいなら消耗しても、
 根性でどうにかなるっていう良い見本だ」

「やめろ。お前の体質は俺とは違う」
「そんなに低く評価してくれるなよ。
 これでも、お前さえいなけりゃ
 俺は天才扱いされてたはずなんだぜ?」

「そういう事を言ってるんじゃない」
「言ってるじゃねーか」

ああ、なんとなく想像が付いてきた。
空山さんも、無理、してるんだな……。

ここの人達は、どうしようもないな……もう。

「そこに誰かいるのか」

柊さんが、私の隠れている方に声を掛けてきた。
あれ、そんなに近づいたかな……。

「隠れても無駄だ、千春か?」
「おいおい、今は可愛い子がふたりも増えて
 盗み聞きなんて楽しいことしてくれるのは
 はるちゃんだけとは限らないんだぜ。
 ……とはいえ、はるちゃんであることを
 俺も願ってしまうわけだが。

 で、実際は誰なんだい?」

完全に気づかれてしまっている。
仕方がないので、私は逃げずに出て行くことにした。

「……時丘さんだったのか」
「こりゃ驚いた」

ちょっと空山さん、それどういう意味なのよ。
私だって、盗み聞きくらいするのに。
真面目な性格だなんて決めつけないで欲しいなぁ。

「ごめんなさい。
 柊さんの怒鳴り声が聞こえてきたから……」

私が素直に謝ると
「いや、黙っててくれるならいいんだ。
 どのくらい、話を聞いたのかな?」

と空山さんが答える。

また、内緒話? 秘密が多いな、この人。

「空山さんが、
 最近無理をしてるんじゃないのかな、って
 印象を受けたくらいで……」

「あー、要するに大事なところ全部か。
 そこだけ聞くなんて、
 ある意味すごい運を持ってるね、君も」
「そうなんですか?」

「ああ、それまでの話は
 本当にどうでもいい無駄話だったからな。
 まぁ、君の印象の通りだ。
 俺も多少、無理してる。
 でも今はこういう時期だし、
 黙っていてくれないかな?」

「黙っていていいはずがない。
 どうせ知ったのなら、この男を説得してくれ。
 俺が何を言っても聞こうともしない」

「綾に色々教えたりして、疲れが溜まっているんですか?」

「んーと、そうじゃない。綾ちゃんは悪くないよ。
 俺が言っても説得力は無いだろうけど、
 人間が行ってもいい場所じゃないんだ、
 時の中っていうのは。
 
 その証拠に、柊は体を壊しているし
 はるちゃんも寝込んでいる」

「つまり、すごく
 身体に負担が掛かるってことですね?」

「そういうこと。
 俺はこう見えて、実はけっこう他人には冷たく
 自分が可愛いタイプだから
 ここに残る前も、ここに残った後も、
 無理はしなかった。
 はるちゃんやちあちゃんも、
 俺にそこまでは望まないでくれていた」

「それは、そうだと思いますよ。
 どう考えても、おかしい構成ですから」

「俺達がまだ仕事を続けてるなんて
 連中も思ってないだろうな。
 本当に、そこそこ能力のある
 見張り番が欲しかっただけだろう。
 俺みたいなサボり上手は、
 連中にとっちゃあ使いづらい存在だろうし」

……すごいな。
軽い言葉を使ってごまかしてるけど、
3年も、3人だけでやってこれたのは……
空山さんの
自己管理能力の高さのお陰、って事じゃない。

「なのに、最近……無理してるんですか」

「サボるのに飽きた……と言えばいいかな。
 あまりにも可愛い後輩が出来て
 頑張りたくなったと言い換えてもいい。
 でも、綾ちゃんにはもちろん、
 君たちにも心配は掛けたくなかった。
 それは、これからもだ。
 だから……黙っていて欲しい、ってこと」

「そんな……」

「まぁ、隠し事が嫌なら話してもいいんだよ?
 誰も俺を止められないしね。
 職場の雰囲気が暗くするか、
 今まで通りにしておくか
 選ぶ権利が君に出来た、とでも言えばいいのか」

……空山さんは、ずるい人だな。
この人は…私が重大な秘密を抱えている今、
“話す”なんて答えられないと知っているんだろう。

でも、この人はひとつ見落としている。
綾を大切に思いつつも疑っているこの人には……
わからないだろう。

「じゃあ、私が綾を説得しておきますね」

「……え?」
「それで、解決するじゃないですか。
 呼ばれなかったら仕事が無いんですし。
 それに、そんなに疲れることなのなら、
 綾も張り切りすぎているだけで
 本当は疲れているかも知れないし。
 どちらの為にもなりますよ」

「…………。……そういう考え方があったか。
 でも、本当にできるのかい?」

「何が何でも、説得してみせますよ。
 私は、綾の“親友”なんですから」

「そうか。じゃあ任せた。
 よーし、
 これからまた楽しいサボり生活の復活だ」


空山さんは笑顔で

「柊ー、俺、帰って早速寝るわ。
 邪魔すんなよ」

と言って、去っていった。


「……驚いた」
「柊さん?」

「あいつ、俺が何を言っても
 全く聞かなかったというのに」
「押すだけじゃ駄目なんですよ。
 相手が余計に燃えてしまいますから」

「貴女は、すごいな」
「すごくなんか、ないです。
 だって私たちはもう……仲間でしょう?」

「…………」

そこでどうして、困った顔をするかな。
嘘でも良いから“そうだ”と
言ってくれればいいのに。

「ごめんなさい、出しゃばりすぎましたね。
 私も帰ります。柊さんも、無理しちゃ駄目ですよ」

「……貴女を守るためにも、
 無理はしすぎないつもりだ」

そういう意味で言ったんじゃないんだけど……
もう、いいや。

空山さん……大丈夫かな。
いや、きっと大丈夫なんだろうな。
なんとなく、そんな気がする。

自分のことを自分で
ちゃんと把握できてる人の発する言葉って、
目には見えない安心感が伝わってくるから。

綾は、私が少し説得したらすぐに応じてくれた。
確かに自分は張り切りすぎていたと……
反省していた。

ほら。やっぱりうまくいくじゃない。
本人に直接事情を話した方が
傷つけない場合だってあるんだよ。

同じ手を使うくせに、
自分が絡むとどうして気づかなくなるのかなぁ、
……空山さん。

……それにしても、
柊さんや空山さんの“体質”って何なんだろう。
また今度、誰かに聞けば分かるかな?


男同士の話の邪魔はしないでおこう

私は、さっきの声は聞かなかったことにして、
部屋に戻ることにした。

  • 最終更新:2012-04-11 09:19:45

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