仲間達の帰還

1

あれから、3日経った。
相変わらずあっという間だ。
柊さん、千春さんはまだ戻らない。


あの日……3日前、
私はとんでもないことをしたと思う。
自分でも、今では
あれは本当に自分がやったことなのかと、
疑問に思うほどだ。

内気で怖がりな、自分なんかが……。

「それが華菜のいいところで、
 凄いところだよ」

……と、綾はまるで
最初から知っていたかのような口調で
そう言っていたけど
私が自分からあんな風に動くなんて……
すごく、意外。
……我ながら。


しかしあの件で、分かったことがある。
千秋さんと空山さんは何か隠している。
個人的な事情なら、別に構わない。
けれど、私と綾に関する
何か重要なことを隠している。

なぜなら……。
あの“大規模転移事件”が
素人の私なんかの呼びかけで
助けられる程度のものなのなら……

単体でさらわれた
綾や私を、ここへ連れてくることなく
その場で帰すことなんて、
造作もないことのはずだからだ。

あの時、千秋さんは
『理論上は可能』なんて言っていたけど、
あれは嘘だ。
私が呼びかけ、そして空山さんが少し行っただけで
みんなを帰せるのなら、
個人に対してなら、尚更同じ方法を使うべき。
……普段はきっと、そうしているはずだ。


人は少し強い心を持つだけで
自分の力で帰れる。
それなら、綾だって……私だって
少しの手助けで帰ることが出来たはずなのだ。

1週間近く
こんなところに居る必要は、本当は無いはず。

一体、どういうつもりなのだろうか。


でも、このことは綾には黙っているつもりだった。
綾はここの皆さんと
仲良くやっているみたいだし
私には分からない細かい事情が
絡んでいる可能性もあるし
千秋さんは『柊さんと姉さんが帰って来れば』と
最初に言っていたから。


「華菜、おはよ! 今日もお手伝いに行こうよ」
その時、着替え終わった綾が私に声を掛けてくる。


「華菜ー?」
私の顔を覗き込んでくる綾。

「あ、うん。行こっ!」
私は、綾のあとについていった。

女性用の居住エリアを出て、
皆さんの仕事場へ。
居住エリア全体の出口まで来たとき
男性の居住エリアの方から
空山さんが出てきた。

「よっ、おはよう!
 かわいいおふたりさん」
空山さんは私と綾の背中をどーんと押す。
この人、どちらかというと
接触してくるタイプである。
嫌らしい感じではないので
許すことにしているけど
…………実はちょっと苦手。

「おはようございます」
綾は微笑みながら空山さんに挨拶する。
さすが快活な体育会系、
男性に触られても動じないんだな……。
それとも、単なる慣れか。

「おはようございます」
私も続いて、挨拶した。

「空山さん、もう大丈夫なんですか?」
綾はさりげなく彼の隣に移動して、聞く。

「ん? 何のことかな」
「昨日までは、
 ちょっとふらふらしてたじゃないですか。
 今日はもう平気なんですか?」
空山さんがふらふら?
……そうだっけ?
私は、次の日から元気になっているように
見えたけど……。

「ああ、あれ。ばれちゃってた?
 でも平気だよ、本来あれは
 よっぽど無茶なことをしない限りは
 “早めに寝りゃ回復する!”って類の疲れだから。
 どっと一気に来たから、
 回復にも時間が掛かってただけ。もう元気」

なんかよく分からないけど
この人、タイムトリップ一歩手前みたいなことを
してたらしいんだよね。


何をどうしたら
タイムトリップが可能なのか分からないけど
とにかく、そういうことをすると
一時的に疲れが溜まるらしい。


「俺なんかの話してないで、早く行こうぜ。
  面白いものが待ってるはずだぜ」
 
「でも、あの部屋には千秋さんしか
 いないんじゃあ……」
「それは行ってのお楽しみ」

あ、まさか……。

でも、この世界……人が少なすぎるよ。
人員が足りないってレベルじゃない。
一体どうなってるんだろう。


「この、馬鹿姉っ!」
「いーじゃん、結果オーライじゃんっ!!」
千秋さんしかいないはずの部屋から、
別の人の声がする……。
この声は、確か……。


部屋に入ると、想像したとおり
千秋さんと星川(千春)さんがいて、
ふたりは言い争っていた。

「25にもなってセーラー服を着て、
 恥ずかしかった、哀れな私の気持ちにもなってよ!」
「自業自得ですっ!!
 姉さんがいないせいで、
 私の仕事がどれだけ増えたか……。
 増えたか……っ!」
元気そうに姉妹喧嘩をやっている。

「まぁでも、問題は無かったようだし。
 はっは、さすが私。さすが無能。
 いてもいなくても、支障なし」
星川さんはうんうん、と頷いている。

「ふざけないで!!」
千秋さんが声をあげた。

「おおっと、失言」
星川さんが一歩引く。

「んー、確かに今のは聞き逃してあげられないなー、
 はるちゃん。……ともかく、おかえり」
会話が途切れたところで、
空山さんがうまくふたりの会話に入っていく。

「おー、空山! 元気してた?」
「勿論。ちあちゃんは、
 ずーっと君のことを心配してたけどね。
 俺もしてたけど、ちあちゃんには負けるな。
 ……って訳で、はるちゃんは一度、
 真面目にちあちゃんに謝るべき」
笑顔のまま、話題を元に戻す空山さん。

「……う」
星川さんの顔がこわばった。

「難しい事じゃないでしょ。さあさあ」
空山さんは星川さんを、千秋さんの方を向かせて。
そうすると彼女も素直に、頭を下げた。

「ごめん千秋! 心配掛けました」

千秋さんは、不機嫌そうな顔で
星川さんをしばらく見つめた後、

「よろしい。無事帰ってきたから、許します」
と言って、微笑んだ。

「これで仲直りだな」
空山さんが呟いた。慣れている様子だった。

「千春さん、お久しぶりです」
綾が頭を下げた。
雰囲気に流されて、私も一緒に頭を下げた。

「綾ちゃーん、久しぶり!
 華菜ちゃ……時丘さんも、久しぶり」
弾むような声で言った後、
星川さんが私を抱きしめる。
綾は星川さんの行動を予想できていたのか、
華麗にかわしていた。
……空山さんと星川(千春)さんは
こういうタイプなのか……。

「あ、あの……自衛官の星川 千春さんですよね?」
むぎゅうと抱きしめられたまま、私は聞く。

「おう? そだよ。もう状況を理解したんだ?
 さっすが」
私は、千春さんから解放された。

「じゃあ、クラスメートの星川 千春は……」
「あれは、本来の星川さん。
 大人しくて良い子みたいだねー。
 いや~頑張って演技したよ私!」

「私がドジ踏んであの時代に割り込んじゃったから
 存在が入れ替わっちゃって
 ちょこっと彷徨ったかもしんないけど、
 柊が戻してくれてるはずだから問題なし」
問題はあると思うんだけど、
私が“星川さんは目立たない人”と思っていたのは
間違いではなかったようだ。


「なにより、この歳でセーラー服着ても
 違和感が無いなんてね!」
「……確かに、無かったです」
私の世界だと、20代でもコスプレとかで
そういう服を着てる人、いっぱいいるけど……
この世界では、そうでもないのかな。

「その様子だと、まぁ大体のことは
 千秋と空山から聞いたかな?」
「まだ実感は湧きませんが、
 あなたが言っていたことが本当なのは分かりました」

“穴”を通れば全て分かる……。
確かにその通りだった。
『ちょっと変わった穴の向こう』に綾はいた。

「あんな事故みたいな形で穴を
 通らせるつもりは無かったんだけどね。
 柊の通報がぎりぎり間に合ったみたいだね」

「うん。お陰でなんとか受け止められた」
空山さんが答える。
そうか、千秋さんは私を助けたのは
柊さんだと言っていたけど、
直接助けてくれたのは、空山さんなんだな。
後でお礼を言い直さなくちゃ。

「あの……すみませんでした。
 失礼な態度を取って」
まずは星川さん……いや、千春さんに謝った。

「いいって、いいって!
 あれが正常な反応だし。……うん?
 いや、正常よりはちょっと、好意的な反応だったかな?
 正直、もっと嫌がられるかとも思ったけど
 そこはやっぱりさすが華菜ちゃ…時丘さんというか。
 存在は違っても魂は似てるねぇと」
よく分からないことを言いながら、
千春さんがひとりで頷いている。

「あっ……もう、華菜でいいです」
千秋さんにはノリでそう呼ばれているし
綾もそれを許している現状で
千春さんだけを仲間はずれにするわけには
いかないだろう。
それに、クラスメートでもないのだし。

「あっ、ホント? 華菜ちゃん呼び解禁?
 よかった~」
「私も、千春さんって呼ばせて頂きますね」
これで、少しはお詫びになるかな。
「はるちゃんでもいいよ~」
「いえ、年上の人ですし」

「ああ~やっぱりオバサンなんだ!
 私って高校生から見たらオバサンなんだぁぁぁ」
千春さんが頭を抱えながら、その場にしゃがみこんだ。
あれ、この光景、どこかで見たような……。

「そういう訳じゃなくて……。
 千秋さんのことも“ちあきさん”って
 呼ばせて頂いてますし」
「あうー、あうー」
千春さんの立ち直りが、思った以上に遅い。

「んー、となると俺だけ仲間はずれかぁ。
 綾ちゃん華菜ちゃんはしょうがないとしても
 はるちゃん、ちあちゃんにも
 未だに名字で呼ばれてるし……」
何故かここで、空山さんが話題に乱入してくる。

「空山くんはですねぇ」
千秋さんが、眼鏡の位置を整える。

「下の名前で呼ぶと、
 なんか別の意味になりそうで怖いんだわ!
 というわけで、今後もアンタは空山だ!」
千春さんが、ビシッと指を差す。
空山さんに向かって。

「駄目ですか……」
空山さんががっくりと肩を落とす。

「駄目ですね。永遠にありえませんね」
千秋さんがそう言うと、

「そうそう!
 天地がひっくり返っても、それはない!」
千春さんが華麗にトドメを刺した。

反撃の手段が無いらしい空山さんは
その場で崩れ落ちた。

ああ、この人達、本当に仲良しなんだなぁ。



2

「さて……。んじゃ、本題行こう。
 私たちが5年戦ってきた事件の最終段階だしね。
 柊くんは?」
千秋さんは感情の切り替えが早いタイプらしく
冷静な口調で切り出した。

「あー、柊は事後処理を
 ちょいちょいっと済ませてから来るって。
 うん、今度こそ帰ってくるって言ってた」
「……そう。じゃあ、久しぶりに会えるね」
千秋さんと空山さんは嬉しそうだ。

「まぁ、メインがこっちにいるんだし、
 来ない理由がないでしょ。
 私、その間に着替えてくるから待ってて」
千春さんは小走りで部屋から出て行った。


「あの……事後処理って何ですか?」
私が誰にというわけでもなく、聞く。

「ああ……もしかしたら、
 小説とか映画とかで知ってるかもしれないけど。
 同じ時代の同じ時間に、
 同一人物は存在できないのよね」
千秋さんが、話し始める。

「未来のとあるお馬鹿さんが、
 タイムマシンを開発して過去へ行きました。
 目的はもちろん、未来を良くする為です。
 歴史の修正を試みたのです」

「しかし!
 そもそも、未来人なんてものは
 その時代に存在する訳がないので
 タイムトリップが成功した時点で
 歴史は何かしら変わってしまうのです。
 その時、時空に歪みが生じます。
 歪んだ時空からは、別の未来が生まれる。
 タイムパラドックスが起こり
 パラレルワールドが誕生するのです」

「ええっと……」
私が難しそうな顔をしていると、
千秋さんが話を一旦やめて、微笑む。

だいたいは分かるのだが、やはり実感がない。

「この世界は西暦2020年。
 貴女達の世界は今、西暦2009年。
 ここは日本が獲得した日本国の海底の領土。
 貴女達が住んでいるのは、
 地上の日本と呼ばれる島国」

「この違いは、
 未来のお馬鹿さんが過去に介入したせいで
 出来た小さな違いなのです。
 どっちが正しい未来かはわからないけれど、
 ともかく、同じ時代が並行して
 別の世界で流れてるんですね」

それが小さな違いだとは思えないけれど
とにかく、どちらも同じ時代の
日本で起こっていることだというのは、
分かった気がする。

「場所が違うだけなの。
 そんでもって、魂も同一ではないけど繋がってる。
 私たちの世界の科学は、そこまで突き止めました。
 あまりにも似た魂は同じ世界に存在できない。
 だから、姉さんと星川さんは入れ替わってしまった」

あれ、ということは……?
「もしかして、クラスメートの星川さんは
 ここに居たんじゃないですか?」

「それが、そこまで簡単な話でもなく。
 必ず上手く入れ替われるとは、限らないんです。
 しかも、今はちょっとややこしい時期だし。
 だから柊くんは、
 時の狭間から本物の星川さんを捜し出して
 元に戻してから戻ってきてくれるようです。
 ……多分、その時代の柊くん自身も、ね。
 柊くんや空山くんは、そういう作業のプロ」

そういえば、あの人……
『この世界の柊 冬紀は、教師を目指していて
 今は教育実習中のはず』とか言ってたなぁ。

つまり、入れ替わってなりすましていたのか。
千春さんが分かりやすい例だなぁ。
25歳で高校に潜入してたし。

「すんごい稀なんだけどね。
 パラレルワールドにさらわれること自体が。
 普通は自分が存在しないところに
 飛ばされちゃうから、集団で失踪されると
 正直、全員見つけるのは無理よ」

「稀と言えば、何でもない人が単独で
 さらわれるのも珍しいんだよね。
 歴史的な大物をピンポイントで狙う
 誘拐ならまだしも、女子高生とか」

「あと、こっちでも姉さんが
 運悪くさらわれたりとか。
 ……姉さんの方は、ピンポイントなのか
 自然現象なのかわからないけど」

……あ。
こっちの世界でも、“失踪”はあるんだ……。

「それって遠回しに、
 華菜が将来成功しませんって言ってませんか?」
綾が笑顔のまま怒っている。

「あは。それはどうかな?
 そういう華菜ちゃんもいるけど、
 それはもう別の華菜ちゃんだから……わかんないな」
千秋さんは、かわいい表情でごまかした。

でも私は、
今は自分の将来より気になることがある。
同時期に……
綾、千春さん、柊さん、私の4人が
ふたつの世界を行き来している……。

その上、綾は私に何か隠している。
なんだか、おかしいな。

「偶然に偶然が重なるってことも
 意外とあるからねー……。
 変だなぁと思いつつも、私は受け入れてます。
 悪い状況ではないし」

……悪いと思ってないんだ。
あ、千春さんが無事に戻ってきたから、かな?

「じゃあ、事後処理って言うのは……
 そういう、稀なケースに対する
 未来からのアフターケアみたいな感じですか?」

「そだね。そうなるかな。
 実際には、柊くんや姉さんが割り込んだり
 あの世界で失踪者が出まくってることで
 あの世界の未来のパラレルワールドは
 無限のように増え続けているけど」

「“一個人”を尊重する為
 私たちはそういう活動をしています。
 だから、綾ちゃんと華菜ちゃんも
 いつかきっと元の世界に戻します」

「さっき言ったように、パラレルワールドは
 無限のように増え続けているから
 綾ちゃんが心配してるような
 “将来、成功しない”かどうかは
 私たちには分かりません」

「だから元の世界に戻ったら、
 他の世界のことは意識せずに、
 自分の力で生き抜いてね」
千秋さんの言葉は、なんだか重かった。

パラレルワールドを
増やさない努力をするんじゃなくて、
個人を大切にする努力をしてるんだ……。
この世界の日本って、
変わった政治をしてたんじゃないのかな。


3

しばらくすると、
制服に着替えた千春さんが戻ってきた。
セーラー服の時と違って、大人に見える。

「お待たせ~!」
ノリの軽そうな明るい声は、相変わらずだ。

千春さんは振り返ると、
「そんで、ほら!
 柊、この照れ屋!! 早く入れ、こら」
と部屋の入り口に向かって怒鳴る。

柊さんも、帰ってきたんだ。

「俺は、もうこのチームの一員では……」
死角にいるのか、声は聞こえるが姿は見えない。

「そんなこと思ってるの、アンタだけだから!
 いいから入れっ!」
小さい声で何かボソボソ言って、
部屋の外から動こうとしない柊さんの腕を掴んで
千春さんは彼を強引に部屋に入れた。

「おっかえり~、柊!」
千春さんが言うと、みんな嬉しそうな、
そして懐かしそうな笑みを浮かべた。

「おかえり」
「おかえりなさい」
仲間達が、彼を迎える。

「…………」
柊さんは、困った顔をした。

「ほら、柊。
 家に帰ってきて挨拶されたときは、
 何て言うんだ?」
催促するように、空山さんが言う。

「た……ただいま」
もの凄く小さな声で、柊さんは呟いた。

「初めまして、柊さん。
 お世話になってます」
綾が駆け寄って、挨拶する。

「いや、俺は……特に何も……」
「お仕事お疲れ様です」
「…………」
綾に言われて、柊さんは少し微笑んだように見える。

わ、私も何か挨拶しなくっちゃ。

私は、ゆっくりと柊さんの方へ
歩いていった。


「あの……」
「…………」
「言ってたとおり、先生じゃ無かったんですね。
 疑ってごめんなさい」
何を言っているの、私。
ここはまず、お礼を言うところなのに。
助けてくれて……ありがとうって。

「ああ、俺は教師ではない。
 あの世界の本物は、それを志しているようだが」

「あの、それで……」
「どうした?」
「先生じゃないから、
 “柊さん”になりますね、やっぱり」
違う。
私が言うべき事は、こんな事じゃないのに。


「そうだな。そうしてくれ」
お礼のひとつもろくに言えない私なのに、
柊さんは気にしていないようで。

人を助ける仕事をしてる人って
心が広いんだなぁ。


「良かったなー、柊!」
千春さんが、柊さんの背中を
バッシーンと強く叩いた。
「千春……お前な」
「思ったより早く、夢がひとつ叶ったじゃん!」
「……夢?」
「あっはは~、照れちゃって」

柊さんと千春さんがどういう関係なのか
よく知らないけど、
どつき漫才をする仲なのは間違いなさそうだ。


  • 最終更新:2012-04-11 09:06:25

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード