再会

1

頭が……痛い。
今、何か見えたような……。

「あ、気がついた?」

星川さんの、声がする……。

目を開くと、知らない場所にいた。
知らない部屋の、
誰のかも分からないベッドの上で。
私は眠っていたらしい。


「意識ははっきりしてる?
 自分の名前は?」
一体なんだと言うのだ。

「……覚えて、ない?」
「時丘 華菜」
心配そうな顔で私を見ている星川さんに、
素っ気ない態度で、私は答えた。

「自分の生まれた国は?」
「日本」

「その首都は?」
「東京」

……それって記憶喪失の人にする
質問の星川さんオリジナル版?
いい加減にして。


「うん、よし。
 問題無さそう。よかった~」
星川さんは、ゆっくりと息を吐く。
安心したようだ。

「ここ、どこ?」
よく覚えていないが、
星川さんのイタズラ電話の最中に
何かに巻き込まれて……
気が付いたら、ここにいた、ということは分かる。

「医務室だけど」
「どこの?」
「自衛隊の」
「……は?」
「だから、海底自衛隊の東部基地の医務室。
 状況が飲み込めないのは分かるけど
 初対面の相手にその態度は
 良くないと思うなぁ。
 私が人さらいだったらどうするのよ」

……人さらい?
そういえば……。


――「逃げて! さらわれるよ!!」

星川さんとの通話で、最後に聞こえたのは
そんな言葉だった気がする。


「ま、いいや。
 話はあとあと。
 柊くんと姉さんが帰ってきたらね」
「……?」
「温かい飲み物を持ってくるから、
 ちょっとここで待ってて」

星川さんは、ふたつに括ったおさげを
ぴょこぴょこと跳ねさせながら
部屋から出て行った。
機嫌が良いのは、後ろ姿を見ればわかる。


2

しばらく待っていると、ドアが開く音がした。
きっと星川さんだろう…そう思っていた。

「おまたせー!!
 感動の再会だぞーっ!!」

「……!?」

log002.jpg

星川さんと一緒に来た女の子は、
見覚えのある薄紫の短髪。

「わ……とと」
慣れない手つきでお盆を持っている。

「…………!」

…………。
……………………。
……………………!!

ああ、ああ!
この言葉にできない感情は何だろう!?

「あー、泣いちゃった?
 でも悲しい涙じゃないよね? ねっ?」
星川さんが困った顔をしながらも、
微笑んでいる。

私……今、泣いている?
自分で自分の頬に触れてみた。
ああ、確かに。
確かに、水が私の頬を伝っている。
私は涙を流している……?

ここまで感覚があるのだから、夢ではないよね?
今ここにいるのは私で、
今ここにいるのは綾だよね?

「心配かけてごめんね。
 これ飲んで元気出して。……華菜」
消えたはずの友が、
もう会えないと思っていた親友が、
私の名を呼んだ。
マグカップを差し出しながら。

「なんで消えたのよ……!
 綾のばかぁぁ……!!」
綾のせいではないと分かっている。
分かっているのに、
『ばか、ばか』と何度も繰り返してしまった。

本当に言いたいのは、
『良かった』なのに。
『生きていて良かったね』と言いたいのに。
なんて不器用な口なのだろう。

「うん、うん」
綾は全てを分かっているような顔で
微笑みながら、私を抱きしめる。

ああ、現実だ。
これはやはり、夢ではない!

「子供扱いしないでよぅ」
「うん、うん」
綾は、いつもそうだ。
私が一人っ子で、子供っぽいのかも知れない。
綾が5人姉弟の長女だから、
こういう時の私は妹のように思えるのかも知れない。

「綾……」
「なに?」
「ごめんね」
「どうして謝るの?」

「私ね、綾がいなくなった時ね……
 何も感じなかったの……
 何も思わなかったの……ごめんね」

ずっと、申し訳ないと思っていた。
自分の人間性を疑ったりもした。

でもそれは。
でもそれはきっと私の逃げで。

私は綾を失った悲しみから、
逃れるために感情を凍り付かせたのだと……
今なら分かる。

だから、星川さんの言っていること、
やっていることを
イタズラだと割り切れなかったのだ。
そこで少し、心が揺れたのだ。

私は、“綾がいない”という
現実からずっと逃げていたんだ……。

私の心の氷を星川さんが少し溶かし
私も神隠しの被害に遭い、
凍てついていた心は……今、氷解した。


「いいんだよ、華菜」
綾は、また微笑んで。
「私のこと、気にしすぎないでくれて、ありがとうね」
どうして、お礼なんか言うの。
私は、私は……!

「華菜のお陰で、私は今、
 ここで安定していられるんだね」
「……?」
「そうですよね、星川さん?」
綾は、星川さんに話を振った。

「うぇ!? わ、私?
 感動の再会はもういいの?」
星川さんは、部屋の隅で私たちを見守っていたようで。

「ええ、私たちは友達ですから。
 今ので十分、安心しましたよ」
綾の言葉を聞いて、私は慌てて涙を拭いた。
私ってやっぱり、子供っぽいなぁ……。


3

星川さんは話し始めた。
少し、目を逸らしながら。
「あ、そ、そうなの。
 えぇと……うん。
 綾ちゃんの言ってることは正しいよ。
 時の歪んだ存在は、
 ぶれない存在によって安定する。
 ぶれない存在がいなかったら、
 また時にさらわれてしまう」

「さらわれ……る?」
私は呟いた。
まだ、涙は止まらないけれども。

「うん、さらわれる。
 綾ちゃん達の暮らしてる世界では
 今、神隠し事件で大騒ぎになってるよね?
 それはね、時が人をさらっているから。
 私たちのチームは、
 時にさらわれた人が時に飲まれる前に
 その人の元の世界とか、
 時代に戻す仕事をしてるんだけど……。
 ま、詳しい話は後かなぁ」
星川さんの言うことは、
嘘のよう話で信じたくはなかった。
しかし、学校で聞いたときと違い……
真実を聞かされている気がした。

話を聞いていると身体の奥が熱い。
そう、相手の言葉から
現実味のようなものを感じるのだ。

私も、被害に遭ったからだろうか?

「私たちって運が良いんだよ。
 一斉にさらわれる人を助けるのは、難しいんだって。
 私はたまたま、ひとりの時だったから
 レーダーに反応して、空山さんに助けてもらったの」
綾が微笑む。

「ソラヤマさん?」
「うん、イケメン!!」
そういう事を聞いたつもりはないのだが、
即答するあたりが綾らしくて、懐かしい。

「華菜もひとりだったから、助かったんでしょう?」

……そういえば、あの時、
家には誰もいなかったなぁ。
うちは親が共働きで、
両親が帰ってくるのが遅い日もある。
あの時もそうだった。

「あ、華菜ちゃんは……ちょっと違うんだなー」
そこで、星川さんが話に入り込んできた。
「え、違うんですか?」
「違うんですよ~。
 その辺、ややこしいから
 柊くんと姉さんが帰ってきたら……と
 思ってるんだけど」

「要点だけ言うと、華菜ちゃんが助かったのは
 柊くんのおかげかな?
 時にさらわれそうな人がいる、っていう
 匿名の通報があったんだけどね、
 そんなことをあの時間軸からするのは
 柊くんしかいないんだなー。
 匿名の意味が無いっていうか。
 まぁきっと、本人も分かっててやってるんだろね。
 男って時々、変なことするよねえ」

やっぱり、よく分からない話だ。

「あの」
私は、一番気になることを聞いてみることにした。

「貴女は、星川 千春さんですよね?
 クラスメートの」
そう言うと、星川さんは少し困った顔をした後、笑った。

「ぶっぶー、違いまーす。
 星川 千春は私の姉で、自衛官です。
 私の名前は星川 千秋、
 千春より3つ下の妹ですぅ」
物の言い方が、似ている気もする。
しかし言い回しが違う。

「確かに、中井 綾さんと同じクラス、
 そして歳は17歳の星川 千春という人も
 どこかの世界には存在しているはずだけど
 今、どこにいるかは分からないんだなー。
 あの馬鹿姉が、時にさらわれたから~」
段々、星川さんの笑顔がひきつってきた。
……怒っているようだ。

「やっぱり柊くんが、匿名で姉さんの位置情報を
 教えてくれたんだけど
 その時、動ける人がいなかったんだなー。
 それを悟ってくれたのか、
 柊くんが回収してくれたみたい」

あ、それって……。

「柊! おっそい!! この馬鹿!」
「……誰だ、お前は」
「あんたの捜し人だっちゅーに!!
 わからない!? ほんっとーに分からない!?」

もしかして、あの会話と何か関係があるのかな。


「だから、きっと姉さんと柊くんは
 同時に帰ってくると思うのよ。
 姉さんはひとりじゃ飛べないし、
 華菜ちゃんもここにいることだし、ね」
「私……ですか」
私と柊先生って、
ほとんど何も話したことがないけれど
何か関係があるのかな。

「まぁ、その話は私がすることじゃないから。
 とにかく、私は千秋。
 親しく呼んでくれていいよ~」
星川さんがにっこりしている。

「え、でも……なんだか
 年上に見えてきた、ような……」
学校で会った星川(千春)さんは
子供っぽく見えたけど、
こっちの星川さんは落ち着きがあって、
お姉さんっぽいような気がする。

「老けてるー!?
 やっぱり私、老けてますかー!?
 綾ちゃんも、姉さんは千春さんって呼ぶのに
 私のことは星川さんって呼ぶんだよねー。
 やっぱり老けてるんだー。
 私なんかオバサンだわぁぁぁ」
星川さんが、泣きながら部屋の隅にしゃがみこんで
床にのの字を描いている。

「ああっ、そういうのじゃなくて
 単に区別の問題っていうか……!」

「って、そんなに気にしてたんですか!?
 だったら今から、千秋さんって呼びます私!」
綾が星川(千秋)さんに駆け寄った。
「ちあちゃんでもいいよ~」
「……いえ、千秋さんで」
綾が困っている。
……そう、綾のこういうところに惹かれたんだ。
綾はきっちりしていて、頼りになる。
一緒にいると、安心する。

……私も、千春さん、千秋さんと
呼び分けた方がいいかな。


状況は全く飲み込めないけれど
心はなんだか落ち着いてきた。
きっと、綾と千秋さんのお陰だ。


4

「じゃあ、私は行くね。
 華菜ちゃん、しっかり休んむんだよ」
そう言うと、千秋さんは部屋から出て行った。

部屋は、私と綾のふたりだけになった。

嬉しい。
ああ、嬉しい。

はっきりと分かる、私は嬉しい。
綾とまた出会えて、嬉しいんだ……!

「にやにやしちゃって。
 私とまた会えて、そんなに嬉しい?」
綾がからかうように言った。
言わなくても、分かっているくせに。

「綾、落ち着きすぎ」
私は思ったままのことを言った。
2週間しかいない割には、
綾は千秋さんとも親しそうだった。

「まぁ~、馴染むのは得意だしね。
 それにここ、面白い人ばっかりだし。
 華菜が助けに来てくれるって信じてたし」

「……え?」
そんなつもりはない。
私は、何もしていないし、
まだ何も始めていなかった。

「夜、寝ようと思って部屋の明かりを
 消したらさ、なんかにスーッと引き寄せられて。
 何何、何これ!?……って思ってる間に
 ここに来てたんだよね」
ああ、綾も私とほとんど同じなんだな。

「パジャマ姿で出歩く訳にはいかないから、
 千秋さんの学生時代の制服を借りてるんだけど。
 これ、似合ってる?」

「うん、似合う。でも、なんで制服?」
私服を借りればいいのに、一体なぜ。

「ここには必要最低限の物しか無いらしいよ。
 だから、千秋さんが今着てる制服以外だと
 これが一番いい服なんだとか」
綾がなんだかおかしなことを言っているけど、
どういうことだろう。

「ていうか、なんか事情があって
 今この世界で生きてるのは、
 私と、今日来た華菜以外には4人しかいないらしいよ」
「……はぁ?」
世界に4人?
いったい何の話をしているのだ。

「さっき出会った千秋さんでしょ、
 そのお姉さんの千春さんでしょ、
 それから私を助けてくれた空山さん」

「あと、会ったこと無いけど
 柊さんって人がいるとか。……そんだけ」
私は、柊さんとは会ったことがあることになるのかな。
もし、柊先生がそうなのなら、
千春さんとも……?

「建物の中にはホントに誰もいないし、
 外は海なんだって。見てないから実感無いけど」
「……海…?」
そういえば、千秋さんは“海底自衛隊”とかなんとか
言ってたけど、そんな自衛隊、無いよね?
自衛隊の制服も、あんなのじゃないし。

「実感がないから、私も適当なことを
 喋っちゃわないか心配なんだけど……
 地表の汚染が酷すぎて、
 地上に住めなくなった人間達は……
 海底に逃げたんだってさ」

「宇宙じゃなくて?」


「無理無理。人間は宇宙に住めません。
 夢見てただけでした。……ってのが
 この世界の人たちの結論らしいよ」
「ええっと、それって……」

もしかして、タイムトリップってやつ?
しょっちゅう映画のネタになってる。
つまりここは、未来?

「それで、ここは未来世界なのかなーって
 思ったんだけど、聞いて驚け!
 なんと、今は西暦2020年らしいのだ」
綾が自信満々の表情で言った。
「……未来、だよね?」
「未来には違いない。でも考えてみなよ?
 私たちの知ってる科学技術で……
 あと数年待てば、
 人間が海底に住めるようになると思うかね?」

無理だ……。
たぶん、無理だ……。

「しかし、この世界ではつい3年前までは
 50億人もの人が暮らしていたという。
 今は4人と保護された子供2人しかいないけどね」
「あれ、少なくない……?」
世界人口って、確か……。

「少ないよ! 4人って私の家族より人数少ないよ!」
「いや、そうじゃなくて……全人口が」
「うぇ? 50億人って、多いでしょ?」
「いやいやいや。地球には70億人の人が住んでるんだよ」
綾はきょとんとしている。
……これだから体育会系は。

「70億!? そんなに!?」
「中学の社会で習うよ!!
 高校生の発言じゃないからね今の!」
「授業なんか、真面目に受けてる人の方が少ないって」
たははと笑う綾。
……笑い事じゃないんだけど…。

「とにかく。私たちのいた“時代”と一緒に
 考えると、なんだか色んな計算がズレて
 ここが“未来”だとは思えないのです。
 こういう“世界”のことを、私たちはこう呼びます」
「パラレルワールド?」

「締めの台詞取らないでよ!
 カッコつけてたのに!!」
綾は残念そうにしてるけど、
全然カッコついてなかったよ?

「ま、言ってる私も
 実感がぜーんぜん無いんだけどね。
 そういうことらしいよ」

……家族と離ればなれになって
半月も経った人の発言とは思えない……。
明るすぎる……。

「あの、おばさん……心配してたよ?」
綾があまりにも明るい表情をするので、
つい言ってしまった。

すると、彼女は少しだけ暗い顔をした後、

すぐに元の笑顔に戻った。

「だぁいじょぶだって!
 死んだわけじゃなし。
 華菜がいたら、私も帰れるらしいし。
 娘がちょっとだけ家出したー、
 くらいに思って貰うつもり。
 失踪よりマシでしょ」

なにか、様子がおかしい気がする。

「ま、とにかく
 私たちは今、並行世界の海の下という
 とんでもない場所にいる訳なのです。
 滅多に出来ない経験だし、楽しもう!」

楽しんでる場合じゃ無いと思うけど……。

「そ、そうだね」
私は、同意するしかなかった。

「そうそう!
 どうせ巻き込まれるなら、楽しまなきゃ損損!」
綾は明るい笑顔で、何かを隠そうとしていると直感した。
それが何なのか、分からないけれど――。

でも綾は、時が来たら教えてくれるだろう。
綾は……そういう人だ。



その日は、綾と手を繋いで眠った。
まるで子供のようだけど、お互いよく眠れたと思う。
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  • 最終更新:2012-03-26 23:10:53

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