屋上にて

1

屋上には先客が数人いた。
まぁ、仕方がない。
屋上だって生徒みんなのものだ。

私の方をちらっと見る人はいたけれど
教室に比べれば随分ましだった。

屋上の柵に寄り、手を掛ける。
下を見ると、通学路が見えてしまって
あの日のことを思い出してしまうから
空を眺めていよう。

せめて今だけでも、全てを忘れていよう。

「貴女も空が好きなのか」

後ろから、低い声が聞こえた。
振り返ると、知らない男の人がいた。
log001.jpg

制服を着ていない。
というか、学生には見えない。
学校の先生にも見えない。
どうして、学校にいるんだろう。

「うわ、柊先生だ。
 なんで時丘さんと喋ってんの?」
「いいなー、羨ましいなー」

……不審者ではないようだ。

「えと、あの……先生? 私に何か?」
何の先生なのか全く知らないが
この人はこの学校の先生らしい。
他の学年の担任だったり、
取っていない科目の専門だったりすると
顔すら知らない先生だっている。

だが、この先生とやらは私に用があるらしい。

「俺は教師ではない。
 だから俺にそういう態度を取る必要はない」
「え、でも……」
“先生”は少し困った顔をした。

「……確かにこの世界の柊 冬紀は
 教師を目指していて、今は教育実習中のはずだ。
 しかしそれは俺のことではない」
「……はぁ」
この人の言っていることの意味が
全く分からない。

「あの日のことを、覚えていないか」
「あの日?」
「そうだ。出会っただろう?
 大きなスクリーンのある、交差点で……」
「…………!」

確かに、出会った。
真っ白い光の中で。
なぜかこの人だけが鮮明に見えていた。

すっかり忘れていた。
大変なことがあった時だったし、
この人がすぐに逃げてしまったから。

「あの時はまだ、知らなかった。
 だから逃げてしまった。……申し訳ない」
「……はぁ」
謝る相手は、私ではないと思うけれど。

「人を捜しているのだ。
 “星川 千春”という生徒を知らないか?
 貴女と同じクラスだと思うのだが」
「……星川さん?」
そういえば、そんな子がいたような、
いなかったような……。
少なくとも、目立つ子ではないと思う。

でも、私はそれよりも気になることがある。
「あの、先生」
「……知っているか?」
「その前に、教えてください。
 どうしてあの日、逃げたんですか?
 私たち、すっごく大事な“生き残り”なんですよ」

私がそう言うと、先生は少し驚いた顔をして。

「――“生き残り”、か。
 そんな風に思われているのか……」
なんだか、変な独り言を言った。

「だから逃げたりしちゃ駄目ですよ」
私は、先生を睨んだ。

「その認識は違う。
 俺はこの世界の柊 冬紀ではないし、
 この世界で消えた人間も死んだわけではない。
 だから俺が調査から逃げたと思うのは勘違いだし、
 “生き残り”という表現も間違っている」
「じゃあ、貴方は誰なんですか?
 不審者じゃないですか」

「……不審者という表現の方が真実に近い」
先生はしれっと言った。

「そこ、肯定するところじゃないですよ!」
「真実だから、仕方がない」
「何が真実ですか!
 まさか、中学二年生的なアレですか!?
 だったら他の子相手にやってくださいよ!」
ウケ狙いのつもりかもしれないが、
それに付き合う余裕は今の私には無い。

私がこの先生に構われて、
羨ましそうにしている女子がいた。
遊びたいならそっちと遊べばいいのに。

「い、いや、違う。そうではなく……」
なんだか慌てているようだが、
こんな変な人、もう知るものか。
構う方が馬鹿というものだ。

私が踵を返し、校舎の中に戻ろうとすると
目の前に女子が現れた。

知らない子だなぁ……。
なんでこっち見てるんだろ。


2

「柊! おっそい!! この馬鹿!」
「……誰だ、お前は」
ずかずかと歩いてきた女の子に怒鳴りつけられて、
先生はきょとんとしている。

「あんたの捜し人だっちゅーに!!
 わからない!? ほんっとーに分からない!?」

「まさかアンタは別柊とか、そういうオチ!?
 どんだけ苦労しなきゃならないのよ、私!」
その生徒は、
先生とよく分からない会話を繰り広げている。

いや、先生も状況が飲み込めず
困っているように見えるが
それはさっきの私と似たような状態だろう。

うん、私はもう帰っても大丈夫そうだ。
私はその場を立ち去ろうとした。

「あ、ちょっと待ってよ、華菜ちゃん」
去ろうとする私を、さっきの生徒が呼び止めた。
「あの……私たちって、そんな仲?」
振り返った私は、
きっと機嫌の悪そうな顔だと思う。
下の名前を呼ばれたのが気になるから。
私を下の名前で呼ぶような子は……
いなくなった綾くらいのはず。

「あ、ごめーん。
 でも、そんな仲っちゃあそんな仲!
 気になるのなら時丘さんでもいいけど」
「じゃあ時丘さんで」
親しくなった覚えもない子にいきなり、
下の名前で呼ばれても困る。

しかし、星川さんってこんな人だったのか。
私も、目立つ人を華麗にスルーしたものだ。
よっぽど他人に興味がなかったんだなぁ。

……あの子、以外の他人に。

「分からないかも知れないけど、
 私、いちおう星川 千春な!
 分からないとは思うけど」

やけにそれを強調するんだね。

「……クラスメートじゃないの?」
「え、わかる? わかっちゃう?」
「いや、そんな名前の人がいたなぁと」
先生といいこの子といい、一体なんなのだ。

「……は? ちはる……千春なのか!?
 本当か!?」
先生が、星川さんの自己紹介を聞いて
なにやら驚いている。

「試して見るか、こら」
星川さんは、拳を握った。
「その暴力的な態度……間違いない」
「そこで判断するんかい」
「現時点では他の要素がない」
真顔で答える先生。

「顔とか声とか仕草とかいくらでもあるでしょーが!!」

……先生は結局、星川さんに殴られた。

うーん、いい音だ。

「うむ、やっぱり間違いない」
「その変な態度!
 そっちも間違いなさそうですなぁ!
 あはははは!!」
このふたりは今の一撃で何かを確認しあったようだ。
ふたりはやっぱり、恋人的なアレなのだろうか?
高校生と教育実習の先生なら、
歳もそうは離れていないし……。

「まさか、セーラー服がそんなに似合うとはな」
「自分でもびっくりだわ。
 この歳でセーラー服は無いわー、
 絶対浮くから嫌だー、って思ってたのに」
……この歳って、同じクラスなら
星川さんは17歳じゃないの?

「千春は元から、若く見える方だ」

「褒めても何も出ないけどねー、
 褒めてないのも分かってるけどもー」

私、ここにいる必要、ないよね?
なんで星川さんは呼び止めたんだろうか。
まさか、見せつけるためとか?
だとしたら、やっぱり相手を間違ってると思うけれど。
私は恋とか、興味ないし……。

私はそっと、この場を立ち去ろうとした。

「うわー、待って待って待って!
 メインが帰るのは無し!!」
「私、ここにいる必要、無いと思うんだけど」

その時、予鈴のチャイムが鳴った。
面白そうにこちらを見ていた子達も
この屋上から去っていく。

「時丘さんに話があるんだよ」
「でも、予鈴も鳴ったし」
「5分も掛からない話だから!」
いったい、何の話があるというのだ。
「教室に帰るのに2分かかる。
 3分で済ませて」

「カップ麺か!!」
変なツッコミを入れる時間があるのなら
本当にさっさと本題を話して欲しい。

「綾ちゃん……中井 綾さん。……捜してるでしょ?」

時が、止まった気がした。

綾。
中井 綾。
神隠し事件に巻き込まれて消えてしまった、私の親友。

……諦めてしまっていた。
だから、捜してはいなかった。
でも……もう一度会いたいと、思っていた……。

「何の話?」
私だけが生き残ったことに対する思いから来る
嫌がらせのつもりなら、やめてほしい。

「知ってるよ。どこにいるのか」
本当に、やめて。
私だって、自分だけが助かりたかった訳じゃない。

「よせ、千春。相手が混乱している」
「そうは言っても、穴を開ける回数は
 少ない方がいいでしょ?」
「それは……」

綾……綾。本当に、生きているの?

「綾ちゃんはね、ちょっと変わった穴の向こうにいるよ」
「私、冗談聞いてる余裕無い」
……本音だった。

「言葉であれこれ説明するより、
 実際見た方が早いと思うんだよね。
 で、元に戻すのも早いほうがいいし。
 どうする?」
突然『どうする?』なんて聞かれたって……。

「穴を通って綾ちゃんと会うかどうかってこと」
「何が何だか……」

「分からないんでしょ? でも、通れば分かる」
「そんなこと言われても……」

綾は私が自分で捜すから

「綾は、私が自分で捜すから。
 変な漫才に巻き込まないでくれる?」

きつい言い方をしてしまったと、自分でも思う。
でも、触れられたくないものに
触れられた人の気持ちだって考えて欲しい。
それに……。

このふたり、変なことばかり言っているけど
『消えた人は生きている』と言った。
『綾は生きている』と……言った。

今更……と自分でも思うけれど
やっぱり私にはあの子しかいない。
あの子としか気が合わない。
そんな気がする。

もし生きているのなら、
自分で捜そうと……そう、思う。

「えぇー……やっぱそう言う?
 どうすればいいかなー……」


じゃあ、通ってみる

「じゃあ、通ってみる」

私は即答した。

戻ってきた日常は日常ではなかった。
私は、見せ物なんかじゃない!

あんな目で見られ続ける生活を続けるくらいなら
アホらしい漫才に付き合う方が気も紛れるだろう。

「おおっ、意外と話が分かるじゃん!
 ずっと嫌そ~な目でこっちを見てたから、
 断られるかと思ってたよ」

星川さんは嬉しそうに微笑んでいる。


何も答えない

「…………」

私は何も答えなかった。
冗談にしては悪質すぎるけれど
冗談だと断定するには情報が足りないし
かといって信じるにも情報が足りないからだ。

つまり、選べない。
どうしようもない。

ああ、いつも通りの状況だな……。

「さすがに、
 すぐに答えを出すのは無理かー……」

星川さんが困った顔をしている。


3

「おい、千春。勝手に話を進めるな。
 しかも、相手が誤解しそうな言い方をしている」

先生が星川さんに言った。

「え、誤解?」
星川さんはきょとんとしている。

「今の言い方だと、まるで今すぐにでも
 穴の向こうへ行けるような
 気がしてしまうだろう。だが違う。
 最低でも半日は時間が要る」
先生は渋い顔をした。

「え、そうだったの?」
「……知らなかったのか」
「知るわけないじゃん。
 私、そっちの仕事はしたことないし」
「……それもそうか」
やれやれ、という呟きが聞こえる。

「とりあえず、貴女は教室に戻るといい」
先生が、私の方を向いて言った。
「……言われなくても」
私だって、サボりになるつもりはない。
居づらい教室だけど、
私が勉強できる場所はあそこしかない。

私は今度こそ、立ち去ろうとした。

「……時丘さん」
戻れと言った人が、私を呼び止める。

「なんですか。まだ話が?」

「話……という程のことではないのだが……」
先生は、少し視線を逸らして。
「俺の名前は、柊 冬紀と言う。
 嫌でなければ、覚えて欲しい」

知ってるよ。
さっき、他の子が『柊先生』って言ってたし
自分でも『柊 冬紀』って言ってたし
星川さんはこの人のことを『柊!』って
呼び捨てにしてるし。

「はぁ。じゃあ、柊先生でいいですよね」
別に“先生”でいいのではないのか。
どうして、担任でも教科担任でもない先生の名前を
覚えなくてはならないのだ。

「いや、その……“先生”とは違うんだ、俺は。
 だから……」
「…………?」

「つまりね」
どうにもならない空気を
どうにかしようと思ったのか、
星川さんが話に割り込んできた。

「柊は、アンタに“柊さん”って
 呼んで欲しいって言ってるんだよ」
何故か、星川さんはニヤニヤしている。

「な、別に強要している訳では……」
「あ~、もしかして“冬紀さん”が良かった?
 さすがにいきなりそれは無理だわー。
 図々しいにも程があるわー」
星川さんは、慌てている先生をからかって
遊んでいるようだ。


そんなの無理です

「そんなの無理です」

私はきっぱりと断った。

「そうだな……すまない」
先生は少し残念そうな顔をしている。

「教育実習でも何でも、先生は先生です。
 上下関係が適当なのって、よくないと思います」

「おお~、このご時世にしっかりしてるなぁ!」
何故か、星川さんは先輩目線だ。

「きっと、この方が」
先生の口元が、少し緩んだ気がした。

「この方が自然で、正しい形なのだろう。」
 
何のことを言っているんだろう?
気には、ならないけど。

「時間を取らせて悪かった。
 もう呼び止めない。行ってくれ」
「はい」

私は、遅刻の言い訳を考えながら
教室に戻った。


柊……さん?

「柊……さん?」

ほぼ初対面の先生に
これはないと思うのだが、
もしかすると、この人なりに
生徒と仲良くしようと
しているだけかもしれない。

方向性を間違えている気がするが
確かに最近の学生は
先生を敬わないし、友達のように話す。

いや、それが彼らなりの
敬い方なのかも知れないが
私にはよくわからない。

しかし分からないという事実が
相手を否定する理由にはならない。
それは、私の都合だ。

この先生がそれを望むのなら
応えてあげるのも学生のすべきこと
なのかもしれない。

「おおっ、おおお! まさかの!」
この話に関係ないはずの星川さんの
テンションが妙に高い。

「ありがとう」
先生は、少し嬉しそうだ。

「でもねぇ、柊」
「……なんだ」
「賛成できんわ。
 この子の立場ってもんがあるでしょ。
 アンタは、この子にとって別柊。
 この子も、アンタにとって別華菜ちゃん。
 お互い迷惑かけたら、駄目でしょ?」

星川さんの言う“別”って何だろう?
屋上に来た時も、
『別柊』と口走っていた気がする。

「それも……そうか」
先生はため息をついた。
何に納得したのか、よくわからないけれど。

「まぁ、だからしばらくは
 “先生”か“柊先生”でいいんじゃない?
 こいつの言ったことは忘れて、さ」
星川さんが、肘で先生を小突いた。

「うむ」
「ま、どっちにしろ……
 近いうちに、アンタは
 この柊のことを“先生”と思わなくなるだろね」
……そんなことは、無いと思うけどな。

「時間を取らせて悪かった。
 もう呼び止めない。行ってくれ」
「はい」

私は、遅刻の言い訳を考えながら
教室に戻った。

  • 最終更新:2012-03-26 23:08:54

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード