幼い恋心

1

「んじゃ、ちあちゃんの席を借りて……っと」
空山さんが、千秋さんの代わりに
作業をしようと、歩き始めたときだった。

ずっと黙っていた綾が、口を開いたのは。

「空山さん」

「空山さん、空山さん……!
 なんて怖い仕事、してるんですか!」
「おおおおおお!?
 ちょ、ちょ、ちょっと待って……
 ち、近……」

自分からいつも寄ってばかりの人が、
今更何を言っているんだろう。

「私、やらなくちゃ、って思ったんです!
 ちゃんとやろうと思ったんです……!
 でも、怖かった……。
 空山さんを私が飛ばしちゃうんだ、って
 考えたら怖かった……!」

「え、いや、そんな怖いことじゃあ……」

「あのシステムって、
 一歩間違えたら行方不明に
 なっちゃうじゃないですか!
 失踪の法則を逆手にとって、
 狙って同じ事をやってるだけ
 じゃないですか……!」

「ああ……やっぱり気づいたんだね」

「違う私が消えたら、
 違う華菜が私を捜してくれたように。
 誰かがいなくなったら、
 悲劇が起こるかもしれない。

 だからいなくなる人を
 減らさなきゃいけないって、
 ちゃんと分かってるんです。
 分かってるけど……けど……」

「私、貴方を飛ばしたくなかった!!」


「……ありがとう。
 俺は今、たぶん今までで一番幸せだ」

「誰にでも、そういうこと言ってるでしょう」

「ああ。
 でも……今までで一番だ、きっと」

い、居づらい……。
この場に居づらい……。

本人達がすごく真面目なのは分かっているけど
第三者は居づらい雰囲気だ、ここ……。

「わ、私! お茶淹れてきますね!!」
この場から立ち去るため、私はそう言った。

実際、私はここに居ない方が
お互いの為になるだろう。


「ああ、だったらハーブティがいいな。
 綾ちゃんの気持ちが落ち着くようなのがいい。
 給湯室の棚の3段目にいいのが……」

「自分で選びますっ!」
「うん、宜しく」

ふたりきりにしてあげようという配慮に
どうして気づかないのかなぁ、この人!


2

空山さんの言っていたとおり
棚の3段目、香りのよいハーブティの葉があった。
あの人、自分で淹れるのは苦手なはずなのに
自分のお気に入りの香りは決めているのか。

私は時間を潰すため、
まずは自分用のティーを入れた。

綾と空山さんのカップは、暖めている。
私はというと、猫舌なので
カップは温めないくらいの方が
飲みやすくていい。


綾は今……混乱しているんだろうな。
自分のような人間を増やしてはいけないと
思う一方で、
大切な人を失いたくないと悩んでいる。

私は失う側だったし、
最悪の場合は死ぬ側だから
こういう場合は楽観的でいられるのかもしれない。

だが、自分を失うことで
私が死ぬかも知れないと思っている綾は。
きっと、私よりもずっと重い気持ちを
背負って居るんだろう。

やられる側って、
一見、可哀想に見えて……
案外気楽なものなんだな。


そろそろ、綾も落ち着いただろうか。
私はふたり分のハーブティを入れると
戻ることにした。


3

部屋に戻ると、
いつも空山さんがサボっている椅子に綾が
そしていつも千春さんか千秋さんが使っている
モニタの前の椅子には空山さんが座っていた。
ふたりの話は、終わったんだろうか。

「はい、綾。
 これ、空山さんのおすすめのやつ」
と言いながらハーブティを出すと
綾は黙って受け取って、カップに唇を当てる。
こんなに大人しい綾は初めて見るかも知れない。

「空山さんもどうぞ」
「……ん」
いつもならふざけたことを言いながら
必ず私の顔を見る空山さんだけど
今は、モニタから視線を外す気は無いらしい。
こんな真面目そうな顔をしている空山さんも
たぶん、初めて見る。


私は綾の隣に座った。
私は綾のように、気の利いたことを言って
励ますことは出来ないけれど
一緒にいるくらいなら、できる。

それが綾に、どう思われているかは
分からないが、ほんの少しでも
気が休まればいいな、と思った。


そんな時、部屋のドアが開いて
千秋さんと柊さんのふたりが帰ってきた。

「……柊さん。休んでなくていいんですか?」
ふらふらしていたと、聞いたけれど……。

私はふたりに駆け寄る。

「大したことではない」
「大したことあると思うんだけどね、
 言っても聞かないだろうから
 止めないことにしたの。
 廊下でばったり会って」

そういえば、空山さんとも
ばったり出会ったこと、あったなぁ。
居住区の入り口って、そういう所なのかな。

「……千春さんは、どうでしたか?」
千秋さんは、千春さんの様子を見に行ったはず。
非常事態に駆けつけられないなんて、
何があったんだろう?

「…………」
千秋さんは少しためらった後

「姉さんは、自業自得っていうか……
 自分の不注意でぶっ倒れてました」
と、言った。
呆れているような、しかし心配そうな声。

「不注意?」
「そう、不注意。
 姉さん、時にさらわれて、
 華菜ちゃんと同じ世界に
 飛ばされてたでしょう?」

そういえば、そうだった。

「同一人物は同じ世界に存在できない……
 そして、別人としても存在できない」
「どういう意味ですか?」
「25歳の星川 千春は
 並行世界で一時的に
 17歳の星川 千春に若返った。
 そしてここに戻ってきたときにまた、
 25歳に戻ったってこと」

「姿や性格はそのままだけど
 存在としてはその世界であるべき姿に
 当てはめられる。
 だから、身体の中身だけ一気に老けたり
 若返ったりした結果、疲れたってこと」
「……はぁ」
「疲れが後から来たんだろうな。
 今までは元気だったし」

……あれ?
じゃあ、この間柊さんが倒れていたのも?
そして、私や綾もいつか……?

「俺たちが時に飲まれつつも
 他の世界に放り出されないように注意するのは
 そのせいー。
 うっかり、自分が存在する世界に落ちたら
 ちょっとしんどい目に遭うからな」
後ろから空山さんの声がする。

「姉さんは年齢の差も大きかったからね、
 その分、反動もね」
千秋さんが柊さんをちらりと見る。

「あの世界の柊 冬紀は21歳の大学生だった。
 ……差が少ない分、俺は身体への影響も少なかった」
そういえば、本来、私が会うべき柊さんは
教育実習で
うちの学校に来ている先生なんだっけ。

「それ以前に、何度も別世界に
 落っこちるくらい集中力が落ちてるのが
 問題だと思いますよぅ」

「だが、そのお陰で時丘さんを見つけた」

「……それはそうだけど」

ああ、まただ。
またこの人、別の私と私を重ねてる……。

それは、違う人なのに……。

「……身体への影響が少なかった…と
 言う割には、柊さんは、弱ってますよね?
 影響が少ないのなら、もっと元気なはずでしょう?」
……嫌味のつもりだった。
死んだ私の幻影を追う、柊さんへの。

「ああ、それは」
柊さんは、私の言葉に
何も感じていないような口調で

「それ以前の仕事で身体に負担を
 掛けすぎたせいで、今頃ガタが来ている。
 それだけのことだから、問題はない」
と、あっさりと言い放った。

「……え」

私の感情の一部が、強く揺さぶられた。

問題ないはず、ないんじゃないの?
それって、これからもずっと
身体的苦痛を抱えて生きて行かなきゃ
いけないってことじゃないの?

「こーらー、このタイミングで
 そう言う言い方しちゃ駄目。
 それじゃ、華菜ちゃんが誤解するでしょ?」
千秋さんが柊さんを少し睨んだ。

「柊くんは仕事柄、こんな身体に
 なっちゃったけど姉さんは大丈夫。
 ちゃんと休めば回復する」

「あと、華菜ちゃん達も心配要らないからね。
 この世界の華菜ちゃん達は
 移住完了していてここにはいないから、
 存在の入れ替わりは起こりようがない。
 柊くんや姉さんみたいに苦しくなったりは、
 しないはずだよ」
千秋さんがにっこり笑ってフォローしてくれた。

でも、私は違う思いに囚われていた。


この人達は、何か間違っている。
こんなこと、受け入れていいはずがない……と。

人間は……人間は、修理すれば直る道具とは違う。
壊してしまった部分は、治らないところだってある。

あなた達は……人間なんですよ!!


4

落ち込んでいる綾と一緒に
私たちは自分たちが
寝泊まりしている部屋に戻った。

「……華菜……。
 誰より私が、自分中心だったよ……。
 この間は、偉そうなことを言って、ごめん」
部屋に戻るなり、綾に謝られた。

「私は、そうは思わないよ?」
「……っ、慰めなくていい!
 あの時ボタンを押せなかったし、
 気持ちを抑えきれなくて
 空山さんを困らせるようなこと、
 全部言っちゃったし……。私は、全然だめ」
私は、綾のそういうところが羨ましいんだけど…。
それに、空山さんも迷惑そうじゃなかったし。

「私、どうすればいいんだろう。
 本当はどうしたいんだろう?
 華菜やみんなを助けたいとか言いながら、
 本当は自分の事しか考えてないんじゃないかな。
 自分の気が済めば、それでいいのかな……」
「綾……」

相当落ち込んでるなぁ、これは。

「…………」
「あのね、綾」
私は綾の手を握った。

「それでいいと思うよ。
 破滅的な未来しか待ってない私たちは
 きっと自由に生きていいんだと思う。

 頑張り過ぎなくて、いいと思う」
「……華菜?」

「自由に生きた後の破滅なら、
 きっと後悔はしないだろうから」
私の言葉を聞いて、綾はきょとんとしていた。

「だから、肩の力を抜こう?」
「……う、うん…。…………?」
綾は私の言っていることが
よく分からないんだろう。

それ以前に、私が自分から、
綾にこんなことを言い出すのが珍しいから
余計に混乱するのだろう。

でも、決めた。
私は……決めた。


くだらないことで迷うのは、
もうやめよう、と。

私の周りには、自分のことを考えない人が多すぎる。
私だけが、自分のことばかり考えている。
もう、やめよう。
私が、変わろう。

今度は、私の番だ。
私がみんなに……
人にあげてばかりの、あの人達に
何か素敵なものをあげたい。


  • 最終更新:2012-04-11 09:16:01

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード