最後の日

1

そして、最後の日は。
普通の1日の始まりのように……
当たり前のようにやってきた。

「華菜ちゃーん、できればアンタは、
 昨日帰って欲しかったんだけどなぁ~」
千春さんが、少し怒った声で私に言う。

「でも、1秒でも長く、綾とみなさんと……
 一緒にいたいから」
私は微笑みながら答えた。

本当の目的は別にあるんだけど。


この1年、本当に色々あったなぁ!
最後に私が成功すれば、
きっと最高の気分になれるだろう。


しかし、ほぼ全員集合しているのに
柊さんだけはまだ来ない。
いったいどういうつもりなのだろう……。

「柊、あの野郎、何を考えてるんだろうな」
空山さんは少し不服そうで。

「崩壊の正確な時刻はわからない。
 だから、できれば早めに来て欲しいんだけどな」
千秋さんも不安そうな顔だ。


ドン、と基地内に衝撃が走った。
「おっと。地球の裏側の時空の崩壊を確認」
千春さんが淡々と言い、それを“本部”に報告する。

不測の事態の時には、
千春さんの方が冷静でいられるらしいから、
最後に仕事をするのは千春さん……ということに
なったらしい。

「今ので……裏側?」
綾が少し怯えた。
「大丈夫、俺が居る」
空山さんが綾の肩に手を掛け手を握る。
あーあ、最後だからと思って見せつけちゃって。

「3ヶ所確認できたら、任務完了ですよう。
 もし2ヶ所目がこの基地……とかだったら
 洒落になりませんけど~」
「千秋、こんな時に笑えん冗談言わないで」
「姉さんの真似してみた~」
この姉妹も、最後だからと思って
何か今まで……やってみたかったけれど
出来なかったことを、思い切りやっちゃっているようだ。


「すまん、遅れた」
遅れて登場したのは、柊さん。
なんと、みんなとお揃いの制服姿だった。

「おっせーぞ! ってお前、その格好……」
「最後に、仲間のノリに合わせるくらいの
 心の余裕は持っているつもりだ」
「そうかそうか! 最後に、チーム完全復活だな!」
空山さんが、柊さんの背中をバシバシ叩く。

……柊さん、素直じゃないなぁ。
本当はずっと、お揃いになりたかったんじゃないの?


ドン、ドンと第二弾、第三弾の崩壊も確認され。
見捨てられたチームの任務は、人知れず完了した。

「なんとか生き残りましたねー」
最後の仕事を終えた千春さんが、
席から離れてこちらに歩いてきた。

「じゃあ、本当の本当に、最後の仕事をしますか」
千秋さんが両手を合わせる。

「基地の設備が損傷したりは……していないだろうな?」
「ない。そこはしっかり確認した」
柊さんの問いに、千春さんが即答する。

「運が良かったな。どこの崩壊も
 たまたま基地から遠かった」


進みすぎた文明は
内から己の世界を破壊し、崩壊させるほど
この地球を汚染し、壊してしまった。
地球を取り巻く時空の3ヶ所が崩れ落ちると、
その崩壊を止めることは
もう不可能なのだという。

崩壊を続ける白き時の境目を越えることは
非常に困難だが、
制御する人がいれば……間に合いさえすれば
1度くらいは越えられるかも知れない、とも。

その最後の1度を、私に使うと
この人達は決めつけているのだ。


「さーて、華菜ちゃん。
 急いでゲートに向かってくれるかな」

私は千秋さんのその言葉を無視して、
先程まで千春さんが使っていた
コンピュータの前に座った。

「時丘さん……!?」

「ゲートに向かうのは、あなた達ですよ。
 格好良く死のうなんて思わないでください。
 みんなで、生き残りましょうよ」

「はい、ゲート1から5スタンバイ。
 急いでください」
私は素早く、操作を続ける。

「何を考えているの!
 それに……私たちに行く場所なんか…無い。
 無いんだよ!?」
千春さんが叫ぶ。

「待って、その手には乗らない。
 どんなに素早いマニュアル操作でも、
 ゲートを5つも同時にオープンすることは
 絶対に出来ない」
千秋さんが私に寄ってくる。

「はい、だから勿論オートモードです。
 便利だけど危ないから廃止された、
 古い方法ですよね?」

「……! そんなものまで見ていたの?」

「新しいことが分からないときは、
 古いところから確認していくと
 案外、答えに辿り着いたりして。
 確かに危ない方法ですけど、
 それってゲートを10以上同時に、
 しかもオペレーター無しで開く場合ですよね?」

「そ、そのはずだけど……。
 でも私が生まれる前に
 廃止されてたシステムだから
 私も詳しくは……」

「どっちにしろ、ここにいたら
 みんな死んじゃいます。
 リスクを回避して死を選ぶなんてあり得ませんよね?
 死なないために、リスクを回避するんですから」

「…………!」
「さ、行ってください」

「でも、どこに? 姉さんも言ったけど、
 私たちに行く場所なんて……」
「良い場所を見つけておきました。
 場所は、行ってのお楽しみです」

「君は……どうするんだ?」
空山さんが聞いてきた。
この人、自分勝手だけど…やっぱり冷静だなぁ。

私は自分の左袖をまくってみせた。

「それ……は」
「別世界の時丘 華菜の遺品でーす。
 回収されてないんで、勝手に借りました。
 この組織、管理がずさんですね」

空山さんにも、この装置を返せと
迫ったらしいが、時丘 華菜の遺品の方は
そのまま残っていたなんて。

「そうか……そういうことだったのか……」
空山さんが呟く。

「どういうことだ!?」
柊さんが怒鳴った。

「彼女が俺たちをどこへ飛ばす気かは分からないが
 自分が死ぬつもりも、ないんだよ。
 今、この装置は……
 俺のこれと、柊が持ち帰り綾ちゃんに預けたそれ、
 そして別の華菜ちゃんが飛ばされてきた時に
 付けていた3つがある。
 華菜ちゃんはこの世界が崩壊した後、
 時に飲まれるだろう。
 だが……ひとりだ。
 たったひとりだ。それを……」

「俺たちに、見つけさせようと?」
柊さんの声は、震えているようだ。


「おふたりとも、正解です。
 ちゃんと私を見つけてくださいね」

私は操作を続ける。

「だったら、そこで操作をするのは
 装置を持つ誰でも構わないはずだ!
 俺がやる!!」

柊さんが私を押しのけた。
しかし、モニタを見て……呆然としていた。
「なんだ、これは」

「パズルです。
 プログラムのままだと、間違っちゃいそうだから
 特定の文字列を特定の熟語に置き換えて
 分かりやすくしたんです」

「そもそも、プログラムの書き換えに
 知識が必要だろう!? 誰かが手を貸したのか?」
「いいえ? もう使ってない、古ーいやつは
 とても単純で。私なんかにも、わかったんです」

きっとそのままの状態だったら
この場にいる誰でも、簡単に操作できる状態だろう。
でも、この漢字パズルは私にしか意味が分からない。

「さ、諦めてゲートに向かってください。
 それとも、本当にここで6人で死んじゃいます?」
私は、もう勝ったと思っていた。
きっと成功すると、信じていた……。


2

「……許さない。
 そんなこと、私が許さない」
力のこもった、低い声が部屋に響いた。
綾の声だった。

「確かに、私は空山さんと
 運命を共にすると決めたけれど」

「ここで死んでも良い、と思っていたけれど」

「華菜が死んでいいとは思ってない」


私は、振り返ってしまった。


「華菜が、違う世界で生きるって言ってくれたから
 私はこの道を選んだ。
 華菜が死ぬのなら、私もここで死ぬ。
 私は、行かない」

「あ、綾ちゃん……」

意外だった。
ただ、意外だった。
恋を知った綾が、それでも私を取ろうとするなんて。

駆け落ちしてしまおうと思えるほど
燃え上がるような恋なのなら……
きっと、空山さんと同じ道を選ぶと思っていたのに。


「私は、死ぬつもりはないよ?」
できるだけ落ち着いた声で、そう言った。

「でも、死ぬ可能性の方が高い。
 行方不明になる可能性の方が高い」

それは、そうだ。
綾の言うとおりだ。しかし……。

「そんなの、私が許さない!」
綾は拳を握り、腕を振り上げる。
キーボードを叩き壊すつもりなのだろう。
女でも、そのくらいはできる。

「綾ちゃん!!」
その綾を、後ろから手刀で殴った人物が居た。
……空山さんだった。

「手荒なことをして、ごめんよ」
倒れそうになる綾を、空山さんが抱える。
綾は気を失ったらしい。

「でも、繰り返すわけにはいかないからね」
「空山……さん」
やはり意外だった。
綾を止めてくれたのが、この人だったのも。

「繰り返される現実に、
 法則があるのかないのかはわからない。
 でも、大きな事件は必ず繰り返されてきた。
 ……今も」


その時、私の頭の中で何かが繋がった。

倒れている柊さんを助けた、私。
倒れた私をそっとしておいてくれた、柊さん。

私が死んだとき、別の世界にいた柊さん。
死に急いでいるかのような今の私。
それを止めようとしつつも、どうしようもない柊さん。

綾の衝動的な思いによって壊れたチーム。
綾の衝動的な行動で壊れそうになった、私の作戦。


……そうだ。
別の私たちのことだけれど
私が、そして綾がこのチームに及ぼす影響は……
どの世界の私たちでも、同じなのだ。
時や形が違うだけで、全く同じなのだ。


「……止めてみせます。変えてみせます。
 今度こそ。
 ……空山さん、綾を止めてくれてありがとう」
私は、言った。

「俺は――…この子の、彼氏、だからね」
照れた顔で言う空山さん。

「だから……だから柊さん。
 絶対に見つけてください。……私を。
 貴方でないと、だめなんだと思います」

ここで私が死んだら、
私の作戦が成功しても、きっとまた
破滅への道が繰り返されるのだろう。

それを打ち破るには、
常に繰り返し続けてきた
私と、柊さんが運命に打ち勝つしかないのだ。

……たとえ、ふたりの間に…
たいした絆が、無かったとしても。

「俺を……選ぶのか?」
柊さんは驚いていた。

「貴方じゃなきゃ駄目です」

「おおー、おおおー!! この状況でっ!さすが!!」
そこでようやく、
ずっと呆然としていた千春さんが声を上げた。

ツッコミ、遅いよ。……期待してたのにさ。


「うー、お姉さんとしては、
 非常に許し難い状況です。
 そんなの駄目って言いたいです。
 でも、ここは華菜ちゃんに任せるしかありません。
 なんで、こんな大それた事を企んでるのを、
 見逃しちゃったかなぁ!!」
千秋さんは悔しそうにしている。

「お説教、期待してます。さ、行ってください」
本当に時間がない。

それを分かってくれた4人は
ゲートへと走っていった。


3

全員の準備が整った。
あとは……
ゲートをオープンしてみんなを
時の彼方へ飛ばすだけだ。


なのに……なのに私と来たら。
部屋からみんなが居なくなった途端、
身体がこわばって、キーがうまく打てなくなったのだ。
これでは間に合わない。

私の緊張を察してくれたのだろう、
向こうから通信が入ってきた。

『綾ちゃんは絶対に放さないから!』
『気楽に飛ばしちゃってくれていいんだよう』
『そうそう、どうせ元々死ぬつもりだったし!』

そうじゃない、そうじゃない。
全員助からなければ意味がないのだ。

私を含めた、全員が助からなければ……。



『……俺が必ず、貴女を見つけてみせる。
 先に逃げて、すまない』


「――……!」
柊さんの声が聞こえた途端、
周囲の音が……遠くなっていくように感じ、
聞こえなくなった。

前にもあった、こんなことが。

ああ、そうだ。
最初。
本当の、最初の最初。

集団失踪事件に巻き込まれそうになったとき、
柊さんの姿が見えた途端……
辺りの喧噪が、遠くなっていくように感じたんだ。


“私”と柊さんの絆は浅いかも知れない。
でも、私の知らない……もっと深いところでは
強く繋がっているのかも知れない……。


「そう……ですね。信じてます。
 ゲート1から順にオープンします」

さっきまでの緊張が嘘のようだった。
指は素早く、軽やかに動き……
コマンドの入力に成功した。


「……ふぅ」
仕事を終えた私は独りぼっちだった。
短い間の孤独だとは分かっていたけど、
崩れていく世界の中に自分ひとりだけというのは
なかなか寂しいもので。


私は今、18年生きてきた中で……
一番頑張っていると思う。
一番真剣だったと思う。

自己評価が甘いかも知れないけれど、
そう、思う……。

私は目を閉じ、最後の時を待った。
世界が完全に崩壊し、
私が、時の中に投げ出されるその時を……。


  • 最終更新:2012-04-11 09:23:25

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