突然の事件

1

私がこの世界に来て2日経った。
綾はここに来て3日目から、
皆さんのお手伝いをしているという。
私も何かやるべきだろうな。

綾がやっているのは“オペレーター”の
仕事の手伝いらしいんだけど
なんとここの機械に繋いであるモニタ、
英語しか表示しない。
海底に住むとか、すごいハイテクなことしてるのに
なんでこういうところだけローテクなのだ。

現代でも日本語で
扱える機械、結構あると思うけど!?

私はほとんどの教科が
“苦手ではない”けれど
英語だけは駄目だった。
本当に、英語だけは……意味が分からない。

その点、綾は私の逆で
体育と英語だけは得意なのだ。

私は、何のお手伝いをすればいいかなぁ。


柊さん、千春さんはまだ来ない。
でも、そろそろ来れるはずだと
千秋さんは言っていた。

この基地には

千秋さん、

空山 茂さん

千春さん

がいつもいるのだという。
柊さんは、数年前から
ずっと外の世界でお仕事をしているけれど
“匿名の通報”とやらがあるから、
無事でやってるって分かるんだとか。

みんな、柊さんも仲間だって言ってる。
柊さんが“匿名”を使うのには
何か訳がありそう。
べつに、どうでもいいんだけど。

なんで基地に3人しか常駐してないのかとか
疑問はたくさんあったけれど
そういうことを聞こうとすると
みんな口を貝のように閉じて
何も言わなくなってしまう。
きっと、聞いちゃいけないことなんだろう。

そんな大事な仕事なら、
もっと大勢でやる方がいいと思うし
3人だけを働かせ続けるなんて
どう考えてもおかしいと思うんだけど……。

私は別世界の人間、深い事情に口は挟めない。


柊さんと千春さんが帰って来れば
この世界の技術で
私と綾は元の世界に戻れるらしい。

つまり、私と綾は今……
柊さんと千春さんを待っているところなのだ。


2

「あっ……! 千秋さん、
 大規模な転移反応の兆しが……!」
英語しか表示しないモニタを眺める綾が、
突然声を上げた。

「わかった、すぐ行くね」
千秋さんは自分の席を離れ、
すぐに綾のモニタを見に行った。

「うわ……レーダーに反応アリですな」
千秋さんは目を細めた。

「これって」
「……うん、綾ちゃんの世界で言うところの、
 神隠し事件みたいなもの。
 今から、あの世界で大勢の人が時に飲まれる」
千秋さんは淡々とした口調で説明する。

「これが、過去を変えた代償。
 誰かの祖先は常に変わり続け
 いるべき世界を失って時にさらわれる。

 だけど存在が消失することは稀。
 他の世界に引き寄せられてしまう。
 だから、行方不明になる」

その場は、妙に静かな空気だった。
大事件が起こる前兆を捉えたのに
何かに備える気配がない。
焦っている様子もない。

「助けられないんですか?」
私は、千秋さん達に言った。

「……え?」
千秋さんは、驚いた顔をする。

「だって、綾や私のこと、助けてくれたでしょう?
 助けられないんですか?」
「それは……」
千秋さんは、視線を逸らした。

沈黙。
誰も、口を開かない。

「無理なんだよ、華菜ちゃん」
空山さんが、その沈黙を破った。

「どうして?」
「ひとりだけさらわれた
 君たちは変わったケースらしいの。
 こういう大規模なのは……
 どうしようもない…」

何を根拠に。
まず、そう思った。
しかし、私はこの現象を知らなさすぎる。
だから、安易に“助けたい”なんて
言ってしまうのかも知れない。

でも、それでも……
最初から諦めているような
この雰囲気が、何故か許せなかった。

「あの……!」
諦める前にひとつだけ、知りたいことがある。

「時が人をさらう時、さらわれた人は
 どんな風に別の世界に行くんですか?
 別の世界に行く前に、
 元の世界に強引に帰したりは、できないんですか?」
そう、漫画や小説の世界みたいに。
この人達は漫画みたいなことをやっている。
だったら、できるのではないだろうか?

「…………」
その場にいた全員が、私を見つめていた。
驚いた表情のまま、銅像のように固まっている。

「やっぱり……変なこと、言いましたか……?」
私が聞くと、千秋さんがぶんぶんと首を横に振った。

「逆! 何も分からないはずなのに
 現象の本質を見抜いてる華菜ちゃんに
 みんなが驚いてるの」
熱のこもった声で千秋さんが語る。

「確かに、その方法は理論上は可能。
 でも、それは華菜ちゃんや綾ちゃんみたいに
 小規模な歪みに巻き込まれた人にしか
 使えない手段で、
 こんな大勢の人を元に戻してあげるのは、
 ……過去に成功したことが一度もないの」
悲しそうな顔をする千秋さん。
諦めている訳じゃ、ないんだ……。

「あの……」
私は、覚悟を決めた。
無知は罪、無知は恥と言うけれど、
今は私の無知さを……誇ろうと。

「なに?」
「試させてください。
 どうすれば、今、時にさらわれそうに
 なっている人を……帰してあげられますか?」
千秋さんと空山さんは、
私の発言に心底驚いているようだった。

「それとも、素人には試すことすらできない
 難しい技術ですか?」
私がそう言うと

「そんなことない!
 これは、どんな人が試しても
 成功の可能性はあるわ!」
千秋さんが、大きな声でそう答えた。

「ちあちゃん、彼女に説明してる暇がない。
 本人が乗り気なんだ、試してみよう。
 俺達はもう……規則に縛られなくていいんだ。
 今まで試そうとも思わなかったことの方が、
 愚かだったかも知れない」」
空山さんが、千秋さんに言う。

「そ、そうね。
 じゃあ、空山くんはゲート2に!」
「了解!」
千秋さんの指示と同時に、
空山さんは部屋から飛び出していった。


…………。
あんな思いは。
あんな思いはもう、誰にもして欲しくない。
誰かがいなくなる悲しみ。
その悲しみと向き合えず、
心を凍てつかせ、何も感じなくなる虚無感。
あんな思いをする人は、
ひとりでも減って欲しい……!!


3

「華菜ちゃん、貴女がやることはひとつだけ。
 このマイクのスイッチを入れて
 時にさらわれ、
 飲まれそうになっている人たちに呼びかけて」
千秋さんが、私に席を譲る。

「事件発生直後なら、
 被害者本人が“ぶれない存在”になる。
 だから、呼びかけてあげて。
 『自分の世界を強く意識して』……って。
 ……貴女の、言葉で」
「……わかりました」
私は、千秋さんに譲られた席に座る。

「……ひとつだけアドバイスできることが
 あるとしたら……。
 それは、もう誰もがこの方法を
 諦めていたと言うこと。
 単純だけど、難しいってこと。
 だから、成功を意識しないで」
「…………」
私はその言葉には答えずに、
マイクのスイッチを入れた。


――皆さん、聞こえますか!
今、訳わかんない所にいて、
すごく驚いてると思います!!

……でも。
……でもそこは皆さんの世界です!

だから……戻ってください。
自分の力で。

そのままでは、皆さんは
自分のいた場所から遠ざかってしまうだけです。
でも、まだ間に合います!

大事な友達はいますか!?
大切な恋人は!?
奥様は? 旦那様は?

……失いたくない人の姿が思い浮かびませんか!?

もし思い浮かんだら、
その人のことを強く意識してください。


忘れないで、

あなたがその人を失うとき

相手もあなたを失うということを……!!

log005.jpg

もしも私だったら、
綾、あなたを強く思うんだと思うよ。


あなたを失ったことが辛かった。
あなたと再会した時、
言葉に出来ない喜びを感じた。


私はもう、あなたを失いたくない。

他の人にだって、
今さらわれそうになってる人達にだって
そういう人はいるはずだよね?

ね、綾?


ザザーッと不快なノイズ音が入る。
私はそれに驚いてしまって
その後は何も話すことが出来なかった。

……嫌な音だ。
失敗、したのだろうか……?

私は椅子の上で、脱力した。

「華菜! しっかり!」
「華菜ちゃん大丈夫?」
遠くでそんな声が聞こえるけれど、
よく聞こえない……。
綾、千秋さん…あの人たち、どうなったの?


しばらく、沈黙が続いた。
先ほどのノイズが、延々流れ続けるだけ……。
ああ、やっぱり私は失敗したのだろうか。
そんなことを考えていると、
部屋の扉が開いた。

「やったな、千秋! 華菜ちゃんと綾ちゃん!
 華菜ちゃん、君は最強だよ!」
元気な声で言いながら、空山さんが入ってきた。

「空山……さん」
その様子だと、きっと成功したのだろう。

良かった…。

「空山くん、時の境目付近はどうだった?」
「ああ、それなんだけど……」
千秋さんの問いに空山さんが答えかけたのだが。

「……っ…」
答え終わる前に、空山さんがその場でよろけた。
さっきの元気そうな様子が、嘘のように。

「空山くん!!」
千秋さんが空山さんに駆け寄った。

log004.jpg

「いやぁ…凄かったよ。
 同時にあれだけの人数を帰せるとは思わなかった。
 華菜ちゃんの思いが通じたのかな。
 俺の見る限り、
 境目を越えて時に飲まれた人はいなかった」
彼は座り込んでしまったが、
意識ははっきりしているようだ。

「そう……。そう見えても不思議はないわ。
 消失の反応は1桁だもの。
 で、貴方の体調は?」
安堵の表情を浮かべた後、千秋さんが問う。
空山さんは身体を起こした。

「最っ悪。でも、気分は悪くない。
 気分だけは最高だよ」
へろへろになっている空山さんが
にっこり笑いながら親指を立てる。

「……そ。なら大丈夫そうね」
千秋さんが、小さくため息をついた。

「うん、平気」
空山さんは汗を滝のように流しているが、
本当に嬉しそうな顔をしていた。

「正直、柊ぐらい体力と精神力がないと
 こんなん無理!……といつもの俺なら
 思ってるとこだろうけど……。
 なんでだろ、雰囲気に飲まれて
 勢いで特攻しちゃったよ、ははは」
「無謀には違いなかったわね。
 私も、つい……」
空山さんと千秋さんは、
何か反省しているようだった。

「あの……やっぱり無謀でしたか?」
私は、恐る恐るふたりに近寄った。

呑気に話しているふたりだが、
帰って来るなり空山さんが倒れたのは事実なのだ。
それは……私が突然言い出したことが原因だ。

「いやいや。久しぶりに良い気分。ありがと」
空山さんは笑顔でそう言う。

「無謀さが人を救うこともある。
 分かっているのに、
 慣れれば慣れるほど、それが出来なくなっていく」

「華菜ちゃんのお陰で、
 どこかの世界の集団失踪は未然に防がれたわ。
 もうそっちのレーダーも反応してないでしょう?」
機材の前で呆然と立っている綾に、
千秋さんが声を掛けた。

「…………」
「綾ちゃん?」
「……あっ、はい。
 正常に戻ってます」
少し遅れて、綾は返事をした。


何がどうなっているのか、
私は全く理解していない。
だから、どうして事件を未然に防げたのかも
よくわからない。

でも……
私はきっと、助けられたんだろう。

私のようになったかも知れない、
取り残されるはずだった人達を――。

そう思うと、私も少しだけ安心した。

  • 最終更新:2012-03-26 23:12:48

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード