第5章雑談:千春

「あ、華菜ちゃん! おはよー」
「おはようございます、
 千春さん……って。
 
 寝てなくていいんですか?」

「平気平気!
 ちょっと熱出したくらいで、
 千秋が騒ぎすぎなの。
 今日から復帰するのだ」

「や、そんな急がなくても……」

「あ、そか。
 今……私の代わりに
 柊と仕事してるんだっけ?
 確かに、急ぐことなかったかな~」

「や、やっぱり急いで戻ってください!!」
なんでそういう視線を向けてくるかなぁ……。

「面白い子だねぇ。
 ま、ちょっとお喋りしよっか」


仲間のこと

柊さんのこと

「私の願いは大体叶った」
「どうしたんですか?」

「柊は自分勝手じゃなくなった。
 華菜ちゃんの……お陰で」
「は、はぁ……」

「だから、私も幻想を抱くのは
 もう終わりにしよう」
「あ、あぁ……あの」

「そう。あれ。
 だから、もう心おきなく帰って良いんだよ。
 柊も安心するだろうし」
「そんなこと言われても……」

「それとも、柊も連れて行く?」
「それはまずいでしょう!
 私の世界にも、別の柊さんがいるんだし……」

「まぁ、そいつも4年も
 時の彼方にぶっ飛んでた奴だし。
 なにより、あの柊の別人版だから
 どこでも何となく生きていけるって」
「そ、そんな適当な……」

「私に分かったのは……
 どの世界の華菜ちゃんも
 すごい、ってことかな」
「そ、そんなことないです」


空山さんのこと

「あの、馬鹿が……と言いたいところだけど。
 良い感じじゃないの」
「……綾と、ですか?」

「……そ。まったく、羨ましい」
「あの……どっちがですか?」

「空山が」
「男女逆じゃないですか!」

……そんな気はしてたけど。

「単に、同僚に先を越された、って
 言ってるだけだよ」
「は、はぁ……」

ホントかなぁ……。


千秋さんのこと

「千秋、いい顔をするようになった。
 きっと、教えがいのある後輩ができた
 お陰だと思う」
「……それはどうでしょうか?」

「星川 千秋ってちょっとした有名人だからね。
 その人が先輩だと聞くとね、
 教わる方が緊張しちゃって。
 その緊張が千秋にも伝わって……
 あの子は人にうまく
 教えることが出来なかったんだ」
「そ、そうだったんですか……」

「まぁ、教えるのが苦手な人は
 結構いるから、千秋もそういう類の
 人間、と今までは思われてた」

「でも、千秋に対する
 先入観のないふたりが来て……
 そのふたりともが、きっちり育った。
 これは、千秋にとって大きいよ」

「……未来があれば…ね」
「千春さん……」

「おっとっと。話が暗くなっちゃったな。
 とにかく、アンタ達のお陰で
 千秋は楽しかったと思うよ」


綾のこと

「綾ちゃんには、謝らないとね……」
「…………」

「あの鋭い子が、
 気づいてないとは思えないけど」
「です、よね……。私も不思議です」

「しかし、5人姉弟の一番上なんでしょ?
 なんで、料理できないの?」
「……へ!? なんでそれを、
 私に聞くんですか?」

「聞いたら、ごまかされちゃって」
「……本人曰く、“それ以外の世話担当”
 だからだそうですけど……」

「うん、そう言われた。
 でも……普通、お茶ぐらい入れれるでしょ?
 お茶ぐらい」

「ま、まぁ……人間、
 苦手なことのひとつやふたつくらい……」

「いやいやいや。
 茶葉の量を間違うとかならいいよ?
 でも、ティーバッグでも駄目ってどうなのよ。
 だから、オペレーターの仕事の手伝いを
 してもらうことにしたんだけどさ」

「あ、そうだったんですか」

「そりゃそうだよ。
 いきなりそんな重大な仕事、
 任せようとは誰も思わないって」

「その点、華菜ちゃんのお茶は
 おいしかったなーって」

「いえいえ」

「でも華菜ちゃん……コマンドの入力ミスは
 私以上に酷いね。
 なぜそれでミスが少ないのか、
 私には全く理解できん」

「……う。根性…です」

「お茶汲みに戻った方が、いいんじゃない?」

「いえ、挑戦させてください」

「本人がそう言うなら、反対はしないけどさ」


私のこと

「私たちの見守れる範囲では
 悲劇は回避された! ……と信じたいね。
 帰ってから死なないでよ」

「わ、分かってますよ!」

「華菜ちゃんのお陰で、
 最後の1年はすごく楽しかった。
 ……ありがとう」


自分のこと

「やり残したことが、ひとつある」
「……なんでしょうか?」

「言っても、しょうがないこと。
 だから言わない」
「でも、話題にする時点で
 かなり気にしていますよね?」

「…………」
「話すだけなら、いいんじゃないでしょうか?」

「…………。ずっと……
 ずっと、華菜ちゃん綾ちゃん中心に
 計画を進めてきたような風に
 話してたでしょ? それは本当。
 でも、私たちにはもうひとつ、目的があった」

「……空山の妹、夏美ちゃんの捜索。
 失踪当時3歳っていう幼さだから
 死んでる可能性も高い……。

 でも、死んでないかも知れない。
 なにより、大規模失踪事件で消えた人も
 ちゃんと見つけることが出来るって……
 証明したかった……」

「…………」

「それだけが、残念だよ」


他のこと

体調のこと

「……ん?
 全快全快。元気いっぱい」

「なんか、心配なんですけど……」

「これ以上休んだら、寝過ぎで疲れる」
「そ、そうですか……」

「そもそも、これ系の疲れが
 時間差でいきなり来るというのを
 初めて知ったわ~。

 これは……怖いな」

嘘……ではなさそう。
わかりやすい人だな……。

「空山が唐突に居眠りを始めるのも
 案外、居眠りじゃないのかもなぁ……」
「……えっ」

「まぁ、居眠りってことにしておいた方が
 お互いいいんだろうけど……
 今度からツッコミは控えめにしてやるか」
「は、はぁ……」

「辛さっていうのは、身をもって知らないと
 分からない部分も多くてさ。
 私みたいに鈍感な人間は
 時々痛い目に遭うくらいで丁度なんだよ」

「そんなことは無いと思いますが……」

「ま、こんな話はどうでもいいじゃん。
 華菜ちゃんが確認したかったのは、
 私が元気かどうか? でしょ」
「え、ええ。そうです」

「私は元気。もう大丈夫」
「それは……良かったです」


姉妹共通の癖

「え? そんなの、ある?」
「……はい。
 変なタイミングで敬語を使い始めたり
 仁王立ちしたり……」

「に、仁王立ち!?
 ちょっと待った。ちょーっと待った」
「……はい?」

「敬語っていうか……丁寧語の件は
 認めよう。百歩譲って。
 あれは私たちの分かりやすい癖だわ。
 でも、仁王立ちって何よ?」

「そのままの意味ですが。
 すごい迫力ですよ」

「無いわ!! そんなの、無いわ!
 乙女の私や千秋なんかにっ!」

「ありますって。
 迫力に関しては、千秋さんの方が……」

「無い無い!
 あの可愛い妹に限って」

「……ありますよ」

「あぁ~、酷い!
 あんまりだー!!」

「あの……なんかすみません」

「うぅ~……」

ふ、触れない方が良かったのかな……。

「あと、丁寧語のことか」
「あ、はい」

「あれはねぇ、千秋の悪い癖だったんだわ」
「え、千秋さんの癖だったんですか?」

「そう。バレバレでしょ。
 だから教えてあげたんだけどね、
 もう手遅れだったみたいで。
 ならいっそ、悪化させた方がいいかと」
「それで、姉妹共通の癖に?」

「そう。そしたら、
 “ああ、そんなものかもしれない”って
 思ってくれる人が増えるでしょ?」
「なるほど……」

千春さん……
いつも、千秋さんのことを考えてるんだな……。


誰かの代わりになるということ

「最近、色々な交代がありましたよね」

「そうだね。
 それ自体は、良いことだと思うよ。
 まさか、見捨てられてから
 後輩を育てることになるとはねぇ……。
 私はまだ、何もやってないけど」

「私なんかに、千春さんの代わりが
 務まってるとは思えませんが……」

「そうでもないよ?
 さっき、自分のパソコンから
 ちょっとメインサーバーの中を見たんだけどさ」
「え、そんなことして良いんですか?」

「もちろん駄目。ここだから許されること」
「あ、やっぱり……」

「で、アンタの仕事ぶりを確認したんだけど」
「……はい」

「すごいわ!! 嫉妬するわ!!
 どんだけできるのよ自分!
 綾ちゃんの時も思ったけど、
 華菜ちゃんも凄いわー」

「あ、ありがとうございます……」

「でも……無理は駄目だよ?」
「大丈夫です、そんなことはしてませんから」

「どうかな?」
「本当ですよ」

どうしよう……
あのデータを捜してたこと、
ばれてるのかな……。

「まぁ、頑張ってみるのと無理は別物だし
 やってみるのもアリだとは思うけど」
「は、はぁ……」

「しかし、誰かが自分の
 代わりになれる存在で
 いられるっていうのは
 なんて気楽なものなんだろうね」
「…………?」

「私たちは、代わりのあるものと無いもの、
 そういうものを大事にしながら生きてる」

「私はねぇ、華菜ちゃん。
 どこかで、“何にでも代わりがある”と
 信じたかったのかも知れない」
「え……?」

「例えば、華菜ちゃんが。
 柊の見ていた幻想の人のようになるとか。
 そういうことを」
「あ、あの……」

「もちろん、そんなことは
 望んでないつもりだった。
 気づいたのは、最近だよ」
「は、はぁ……」

「私はね……このリボンを渡されたとき……
 “千秋の親の代わりになれ”って
 言われた気がしたんだ。
 だから、つけることができなかった。
 私は千秋の姉。親には……なれない」
「なれなくても、良いんじゃないでしょうか」

「うん。千秋もそんなことは望んでないと知った。
 だから、今は
 こうしてリボンを付けてるでしょ」

「でも。
 染みついた感情っていうのは
 無意識に自分を支配しているんだねぇ。
 怖い怖い」

「あの……どういう意味でしょうか?」

「私は、別の華菜ちゃんとアンタ、
 それが違う存在だと理解していながら……
 いつかは、どちらの華菜ちゃんも
 柊にとって、同じような存在になることを
 無意識に期待してしまっていた」

「そして柊も、それを期待しているのだと
 勘違いしていたんだ」

「柊が、アンタを……
 目の前の“華菜ちゃん”を見ていると気づいて
 私もまた気づかされた。

 人間の代わりは、いないんだって」

柊さんは、本当に私のこと、見てるのかな。
もしそうだったとしても、
私には……伝わってこないよ。

「もちろん、理屈では分かってるんだよ。
 誰も、他の人の代わりにはなれないって。
 
 でも、心の奥底で……
 代わりがいたらいいな、
 いてくれたらいいのになと思う私がいる」

「それは……過去に自分が、
 そう期待されてしまったせい……?」

「いや。
 院長先生もそこまでは
 求めてなかったと思うよ。
 私の思い込みが激しかったんだと思う」

「昔は、自分に妙な期待をして。
 今度は、華菜ちゃんに間違った期待をした。
 本当に、ごめん」
「…………」

そうか。
千春さんは、恋だ愛だと言いながら……
本当は……
私に、そういう期待をしていたんだ。

無茶をやめない柊さんを止めた、別の私。
私にもそうなって欲しいと、
自分でも気づかないまま、
期待してくれて……いたんだ。

私も、柊さんに無理して欲しくない。
だから……そういう風に期待されていたのなら、
嫌な気はしない。


「……私は、なんて愚かな感情と
 戦っているんだろうね」

「愚かではないと思います」


「……え?」
「私は、自分が“おとなしい”とか
 “引っ込み思案”とかそういうことで
 いつも綾のこと、羨ましいと思っていました。

 でも、今は年の離れた皆さんとも
 普通に話せるし、大切に思える。
 皆さんと綾のお陰で、
 なりたい自分になれた気がします」

「……そっか」
「だから、千春さんも諦めないでください」

「うーん、でもねぇ。
 私にはもう時間がないし」
「…………」

「ま、残りの人生は面白おかしく生きるかな。
 やり残した課題は、来世があるなら、来世でね」

「そんなの……来世なんて、私は信じていません」

「……お?」
「たとえ来世があったとしても、
 今の人生でやるべきことは
 今の人生でやるべきです」

「いいねぇ、若いねぇ」
「…………」

終わりになんて、させない。
私が、絶対に。


人の恋路

「うん? 何かな、突然」

「千春さんって、
 人の恋の世話をするの、好きそうですね」

「いやいや、空山と綾ちゃんの件に関しては
 私は何も関わってないよ?
 ……ホントに」

「聞きましたよ、前……。
 千秋さんの相談に乗ったって」

「あー。アレか。
 てか、千秋はアレをばらしたのか。
 よっぽど信用されてるんだね、華菜ちゃん」

「千春さんから見た空山さんと千秋さんって
 どんな感じだったんですか?」

「価値観の似たもの同士、長続きしない」

「価値観、似てるところありますか!?
 あのふたりに!?」

「引き際をよく知ってる。
 自分の限界をわきまえてる。
 そんなふたりが一緒になったら、
 どうなると思う?」

「……え?」

「一番重要なところの
 価値観だけが合ってるから、
 付き合い始めたら
 ずれてるところを探すばかりになる。

 そんな虚しい恋を初恋にするのはどうかと」

「はぁ……なるほど」

言われてみれば、そんな気がしてきたなぁ。

「それと比べて綾ちゃんは。
 空山とピッタリに思えたね。
 ……割と最初から」

「……そうなんですか?」

「うん。でも、私から口出ししたら、
 逆に変に意識するかと思って。
 黙ってたら、思った通り特攻したね、あの子」

私、もしかして千春さんの被害に遭ってる?

「千秋と違って、綾ちゃんには進む力がある。
 引かない強さがある。
 逃げない強さがある。

 そして空山には、止まる力がある。
 引く強さ、逃げられる強さがある。
 ふたりは対のような性質」

うわぁ……
なんだか凄く、お似合いのふたりに
思えてきた……!!

「いつまでも、見守っていられないのが
 残念だわね」

「…………」

「で、本題!
 未だに接近しないアンタら!」

ちょっと!
私のことはいいってば!!

「実は、全く分からないんだよね」
「……はい?」

「お似合いだというのが、分かるだけで」
「…………」

「私の第六感が告げてる、
 ふたりは絶対に運命の赤い糸で
 結ばれている!! ……と思うんだけども。
 なぜ、このふたり? っていうのが
 正直な感想で」
「な、なんですか……それ」

「本物の運命の恋って、
 まだ、見たこと無いんだよね。
 誰かが運命を演出して……なんてことは
 よくあるけど。是非、見届けたいわ~」

「残念ですけど、その期待には
 応えられないと思います」

「いやいや。時間さえあれば
 いずれ必ずふたりは一緒になると思うよ。
 ……時間さえあれば」

「無いじゃないですか」

「ホント、残念だわー」

「それに、私は柊さんのこと……
 仲間だとしか思えないし」

「それは……どうかな?
 今は落ち着いてるだけ……という風に見えるよ」

「きっと、永遠に落ち着いたままです」


  • 最終更新:2012-04-11 10:03:39

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