終わりの前の静寂

1

私はお休みをもらって、ある場所に来ていた。
……捜し物をする為だ。
もし回収されていたら困るな、と思っていたけど
それは“時丘 華菜の遺品”として保管されていた。

――時は近い。
見つかって、良かった。
これがなかったら、
あの人達の言うとおりに……
みんなを見捨てて、元の世界に帰るしかないもの。

私が別の私のように
柊さんを男性として好きになることはなかったけれど
それも仕方のないことだろう。

前の彼女のことをあんなに引きずっている人を
好きになれなんて言われたって無理だもの。

それが、“私”という存在だったとしてもだ。
それは他の人なのだ。

みんなは、
“柊さんは今の私を見てる”というけれど
私にはその気持ちは全く伝わってこない。

柊さんには悪いけれど、
肝心の私に伝わらない気持ちを
受け取ることなんて、私にはできないよ。



目当ての物が見つかった私は、
上機嫌で自分と綾の部屋に戻る途中だった。


交代の時間だったんだろう。
廊下で柊さんとばったりであった。
そういえば、居住区の入り口って付近って
そんなところだっけ。

「……こんにちは」
「………ああ」

この人はろくに挨拶も返せないのだ。
はっきり言って、私より暗い性格だと思う。

「すみません、お休みもらって」
「千春が戻ってきたから、問題ない」

……悪気はないんだろうけど、
それって、やっぱり私は頼りにならないって
意味……だよね。

悪気がないのは分かるから、
何も思わないけれど。
実際、私は無資格でお手伝いしているだけだし。

それでも、もう少しくらい
悔しいと思うかな、と思っていた。
しかし、そうはならない。

私がこの人に心を動かされることは……
きっとないだろう。

「じゃあ、行く」
「はい、今日も頑張ってください」
そう言葉を交わし、別れるときだった。
私が足を滑らせ、体勢を崩し、
後ろ向きに倒れていきそうになったのは。

どうして後ろなのだ。
つんのめったのなら、
体勢の立て直しようもあるのに。

私は、転ぶ覚悟しかしていなかった。
しかし……床にはぶつからず、
しっかりと支えられていた。

……柊さんの、腕に。

「……柊さん」
「疲れているのか? ……よく、休め」

お互い完全に背を向けた後だったと思うけど
そんな状態からでも、
こんなことって出来るんだなぁ。

「ありがとうございます」
「たいしたことはしていない」

そう言うと、柊さんは行ってしまった。

私が、あの人に恋でもしていれば。
きっと、すごくどきどきしたんだろう。
でも不思議なことに……
私の鼓動は、いつものままだ。

彼と触れあったところで、
何の変化もない……。


2




部屋に戻ると、なんと空山さんが上がり込んでいた。
綾は今、ここにいないようだ。

「空山さん!?」

私の私物だってある部屋なのに
勝手に男の人を上げないでよね…綾。

「おう。邪魔してる」
「……あの、むしろ私が邪魔ですよね?
 もうしばらく、外でうろうろしてきます」
私がその場を立ち去ろうとすると、引き留められた。

「……待って。君に話があって、
 綾ちゃんとふたりで待っていたんだ。
 ちょっと入れ違いになってしまったけど」
「……はい?」

なんだろう?
恋の相談? いやいや、このふたりは
どこからどう見てもうまく行っている。
じゃあ、綾を元の世界に戻すかどうか?
……それなら、あり得るなぁ。

私は空山さんに対面する形で、ベッドに座る。

「……君に許して欲しいことがある。
 そして、頼みたいこともある」

「また、ふたつですか」

前も、ふたつの話をされた。

「ひとつは……綾ちゃんを、
 この世界に引き留めることを……
 君から親友を奪ってしまうことを……
 どうか、許して欲しい」
「…………」

残酷なことを、さらりと言う人だ。
こうなることは予想していたけど、
私が別のことを考えてなかったら……
きっと、泣き出しちゃうよ?

なにより、柊さんに私を奪われたと勘違いした
別の綾が何をしたか、この人は覚えているのかな。
私がそうならない、保証はないのに。

「…突然すぎて、気持ちが落ち着きません。
 でも、次の話も聞かせて頂けますか?」

「……落ち着くまで、待つよ」

「待たれて落ち着くものでもないですから。
 …こういう感情は」

実際、傷つかなかった訳じゃない。
冷静でいられただけで……
胸の奥は、痛かった。

「そうか……。
 じゃあ、次のお願いだ。
 柊を……あいつを連れて行って欲しい」
「……は?」
何を言い出すのだ、この人は。

「あいつは馬鹿だから、気づいてすらいないんだろう。
 だが確実に、“君を”好いている」
「そんなの、わかりません」

「ああ、分からなくていい。
 君に、あいつを好きになってくれと
 頼むつもりもない。
 ただ連れて行ってくれるだけでいい」

「とにかく……あいつは
 俺たちと一緒に死ぬのは早すぎる。
 人がどうして、人として
 生まれてくるのかわかっていない」

綾は道連れにするって言ってるのに、
親友は助けてくれと頼んでくる。
なんだか、ちょっと怒りがこみ上げてきた。

「でも、私が柊さんを連れて行ったら
 別の……本来の柊さんの居場所が
 無くなるじゃないですか。
 そんなの……元の柊さんが、可哀想です」

「俺にとって柊は、あいつしかいない」

空山さんは目を伏せる。

「他の世界に放り出されたことのある
 柊にとって、別世界の同一人物が
 どういう風に見えるのかはわからない。
 だが、そんなことに
 なったことがない俺からすれば……」

「俺の知っているあいつだけが
 俺の知っている親友の柊で、
 俺の住んでいる世界だけが、
 俺の住む世界だ。
 ……他のことなんて、考えられない」

「でも、だからって……」

「この1年で……
 もっと、あいつは人間らしくなるのかと
 少し期待していた。
 でもそんなことはなかった。
 駄目なんだよ、あいつは」

「人の多い世界で暮らして
 義務も使命も負い目も無い世界を知らないと
 きっと解放されないんだろう」

「……それ、ちゃんと柊さんと
 話し合いましたか?」

「話すわけないだろう!?
 だからこうして、君に……」

「別の世界で誰かと入れ替わって
 自由を手に入れても、
 きっとあの人は解放されませんよ」

「……え?」
私の言葉に、空山さんは驚いているようだった。

「他人の人生を奪ったと思いながら
 生きていく事になるんじゃないですか?」

「…………」
空山さんは考え込んでしまった。

「なぜ君が、そんなことに気づいたんだ……?
 俺はてっきり、君は怒っているとばかり…」


「女の子は、好きでも苦手でも、
 男の人のことをよーく見てるんです」

「そう……なのか?」

「はい」

そこには自信があった。
私があの人を自分の世界に連れ去っても
余計苦しむだけだろう。

3

「しーげるさんっ」
その時、声を弾ませて綾が部屋に戻ってきた。
私が居るとは思わなかったのだろう。

しかし……恐らくそうだとは思っていたが、
やはり下の名前で呼び合う仲になっていたか。


「もう華菜が戻ってるとは思わなかったよ」

「自分の部屋に戻るのが、
 そんなにいけない?」

「そ、そうじゃないけど」
綾は少し慌てている。
ちょっと、からかっただけなんだけどな。
加減を間違えたかな……?

「話、まだ始まってないよね?
 まずは……私の話かな」
綾が、ぼけたことを言っている。
さっき全て、話が終わったところだというのに。

「……全部俺が話した。
 どちらも、すぐに答えは出ないと言われたけど…」
空山さんがうつむいている。

「いえ、ふたつ目はきっぱり断りました」
私は情報の間違いを訂正した。

「え……えぇ? そうなのかぁ……。
 じゃあ、華菜はひとりで戻るの?」

「そんなことしないよ」
私は綾の手を握り、彼女を引き寄せる。

「あるべき姿に戻ります。
 私は綾を、空山さんに渡したりしません」
実際、これだけは我慢ならなかった。
私が違うことを考えているのは別として……
“見守りたい”とか言っていた人が
結局は道連れにしたいと
言い出すなんて、あんまりではないか。

「……あ。
 もしかして空山さん、格好つけました?」
綾がにやりと笑う。

「華菜、それは勘違いだよ」

「ここに残りたいって言い出したのは、私。
 最初は勢いで……、
 結局その後、何度も空山さんに
 “やめておけ”って言われたけど……
 気は変わらなかった。
 そしてあっという間に、こんな時期になった」

「あ、綾……?」

「華菜、今度はちゃんとお別れ言うからさ……
 私がいなくなること、許してくれる?」

私は最初、心を凍り付かせてしまった。
代わりのいない親友を失ったショックで。

「…………」
私が、ここに来たばかりの私のままだったら、
きっと許せなかっただろう。
でも、今は……。

「どうぞ、お幸せに。
 幸せになった瞬間、消えちゃうんだと思うけど」
出来るだけ素っ気ない態度で、そう言った。
そしてそのまま、部屋から去った。
廊下を駆け抜けた。

「私、うまく怒れてたかな……」


私は内心、嬉しかった。
ずっと、人のためにしか動かなかった綾が、
自分のために決断したことが。
自分の幸せを自分で望んだことが。

そして私がこれからすることが、
綾の幸せをもっと大きくすることだと思ったら……
喜びが溢れてきて、止まらなかった。

その喜びを悟られぬよう、
私はひたすらに広い基地を走り続けた。

偽りの怒った顔が、
笑顔にならないよう注意しながら。


4

「ねぇ華菜、お別れ会……やろうと思うんだけど」
「お別れ会?」

「そう。華菜のお別れ会。
 私たちみんな、いなくなっちゃうでしょ。
 だから最後の思い出に」
「それを、私に相談するんだ?」

「いや……だって。
 嬉しい別れでもないし。
 はしゃぎ過ぎも良くないかなぁと思って
 本人に相談しようかと」
「あ、なるほど……」

パーティの主旨が“お別れ”だから
一応気を遣ってくれてたのか。

「どうする? やっとく?
 やるなら、実はもう準備はある程度
 進めてあったりするけど」

「……うーん」


大事な時期だし、いつも通りでいよう

「でも、今って大事な時期だし。
 集中力が乱れるようなことは、
 やめた方がいいと思うんだ」

「そっかー。じゃあ、やめとくか」

綾には悪いけど、
今は目の前のことに……集中しないとね。


せっかくだし、いい思い出が欲しいな

「せっかくだし、良い思い出が欲しいな」

「そーこなくちゃ!!」
「パーティのこと知ってるのって、誰?」

「私と千春さんだけ。
 今、華菜が加わったとこ」

「じゃあさ、他の3人には内緒で、
 更に千春さんにも内緒にしない?」

「……は?」

「普通にお別れ会をやると見せかけて
 千春さんの誕生日会をプラスする。
 もうすぐらしいんだよね」

「おぉ~、それいいね!! 賛成!」

私たちは、密かに
“私のお別れ会”と“千春さんの誕生日会”の
準備を進めていった……。

私が、実は別れる気が無いのに
誰も気づいてないなんて……ちょっと意外。
疑ってる人はいるみたいだけど、
それでも、やっぱり帰るって思われてるみたいなんだよね。

そして、パーティ当日。

「皆さーん、交代の時間であります!」

私は勢いよく、部屋に入った。

「…………」
「…………」

「か、華菜……ちゃん?」

あれ? 反応悪いなぁ。

「皆さんと1年近く共に過ごしたのに、
 “すっごく”楽しい思い出もないまま
 別れるなんて寂しすぎます。
 私のために、どうか10分だけ
 みんなでここに集まっていて欲しいです」

「……はは。
 なるほど。まさか華菜ちゃんが
 そういうノリも受け入れられる子だとは
 思ってなかったよ」

空山さんが、真っ先に気づいてくれた。

「私は雰囲気だけを頂きますね~。
 残念だけど、さすがに
 本当にここを離れるわけにはいかないし~」

「そんなこと言わずに、さぁさぁ」

綾は席を立とうとしない千秋さんを
無理矢理、奥に連れて行く。

「ちょっとぉ!?」

「大丈夫ですよ、反応する日の方が
 少ないじゃないですか」

千秋さんが席を空けた隙に、
私はメインコンピュータに
“ある物”を密かに仕込んだ。

このことは、綾も千春さんも知らない。
だって、私が勝手にやっていることだから。

メインコンピュータは普段は
千秋さんか、千春さんか……柊さんが
使っているから、こういう不意を突かない限り
私が何かを仕込むことは出来ないだろう。

それでも、3人が素人の企みに
気づく可能性は高かったけど
何もしないよりは……
挑戦だけでもしたいと、私は考えている。

綾がパーティを提案してくれて……
本当に、助かった。


「1年間、お世話になりましたぁ!」
私の明るい声と共に始まった
短いお別れパーティ。

……そして。

「千春さん、
 お誕生日おめでとうございまーす!!」
「……えええ!?」

「企画主にサプライズするのは
 基本中の基本ですよ!」

「でも……祝われて、嬉しい年齢じゃ……」

「歳のことなんか気にせずに!
 生まれた日のことを祝いましょうよ!」

「そ……そか。ありがと」

「……気の利く人達だな」
柊さんが呟いた。

「まぁ、今更……俺らがやっても
 いまいち盛り上がらないのも事実だし。
 最後にこういうこと出来て、良かったよな」
空山さんも嬉しそうだ。

「私たちにとっては、
 このパーティが永遠の思い出に
 なるのかもしれないね」

「……千秋?」

「時の中で行方不明になって
 すぐに死ぬとは限らない。
 付近の崩壊の危険度の高さから
 私たちの救出は
 考えられていない……らしいけど、
 本当に誰も考えていないとも限らない。

 もしかしたら、
 誰か来てくれるかもしれないし、
 別の世界の人が助けてくれるかも知れない」

「…………」

「そしたら、私たちは生きられるけど……
 その代わり、離ればなれになる。
 そういう人生を歩むことになった時……
 きっと、この会のことを思い出して
 懐かしむんだろうなって」

「……そう、だな」

「そうかもな。……言えてる」

「華菜ちゃん達は……
 本当に素敵なものをくれたね」

「感謝しないとな」



  • 最終更新:2012-04-11 09:22:23

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