華菜と柊

1

私は千春さんの時間帯……
つまり千秋さんとは別の時間帯の
モニタリングを担当している。

千春さんのペアといえば
ついこの間までは空山さんと
決まっていた(らしい)のだが、
私と綾が来たこと、柊さんが戻ってきたこと、
綾が前線へ出るようになったこと……
色々な事が重なって、
その決まりも少し変わった。

仕事が速く有能な
千秋さんは今まで通り、基本ひとりで。

交代で入るのが、
見習い同然の私と、健康状態に問題のある柊さん。
弱っていても知識は確か、
健康でやる気もあるけど知識はまだまだ、
そんなふたりが組めば
千秋さんの8割くらいは
動けるのではないかと、
空山さんが提案してくれたのだ。

8割は買い被り過ぎだと思うけれど、
空山さんの期待と好意が含まれた
数字なのだと思っている。

彼には、他の狙いもあるのかもしれないけれど、
私は気にしないようにしていた。

空山さんと綾は基本休みになったけれど
毎日昼間になるとお茶を出しに来てくれる。
ふたりはお付き合いを始めたが、
それを見せつけるようなこともなく、
ただ仲間として私たちの前では振る舞っていた。

……いや、ただの仲間よりはちょっと
仲が良さそうに見えるけど。


深夜の今は柊さんとふたりきりで。
お互い、会話も干渉もすることのないまま
作業をしている日が多い。

私にとっては好都合だった。


柊さんに苦手意識があるからではなく、
個人的に、彼らには知られずに
知りたい情報があったからだ。


私は英語が苦手だ。
でも、これは暗号か何かだ、
言葉のパズルだと言い聞かせてなんとか覚えた。
未だにコマンドの入力を間違うことも多いけれど、
有事の際の操作は大抵、柊さんが変わってくれるから
問題は起こっていなかった。


(ああ、やっぱり……)
目的のデータを見つけた私は、そう感じた。

(だとしたら、あるいは……)
考え方を変えれば、みんな助かるかもしれない、とも。

このデータさえ見つかれば、
あとは難しいことを考える必要は無かった。
ただ、タイミングを待つだけで良いはずだった。

あの人達は、自分を犠牲にしすぎる。
だから、選ぶ余地もないようなタイミングで
この方法が使えることを告げれば……
きっと驚くだろう。

でも本当は諦めの悪い人達だから
なんとなく挑戦してしまうだろうと。

あとは時を待つだけだ。

そう思って、安心したせいだろうか……。
あろうことか、私はうたた寝してしまったのだ。

大切な画面は、そのままで。

座ったまま眠りに落ちた私は、
ガタン、と大きな音を立てて
キーボードに顔を叩き付けたらしい。
そこで目覚めない私が悪かったのだけど、
それに驚いた柊さんは
私のところへすぐ来てくれて……
そして、画面に映し出されていたものを見てしまった。

「……ん…あれ?」
気が付いた私は、
いつも空山さんが座っていた椅子に
寝かされていて。

「……気が付いたか。一度戻って、休め」
柊さんがモニタから視線を外さずに、言う。

「いえ、もうよく寝たから大丈夫です。
 それより私、変な寝方しちゃいましたよね?
 ごめんなさい、お見苦しいところを」

「俺の方がもっと見苦しいところを
 貴女に見られている、気にするな」

あ、ちょっと気にしてるんだ……あのこと。
そりゃ、男の人だものね。

空山さんからある程度、
真実を教えてもらっていた私は、
その件で怒る気もう無くなっていた。

しかし、個人的に……
この人に惹かれる要素がない。
違う私は、何を思ってこの人に惚れたんだろう。


「じゃあ、私もお仕事続けます」
そう言って、席に戻ろうとしたとき

「……大丈夫ではない!」
と、柊さんに怒鳴りつけられた。

彼は私の所に歩み寄ってきて、
私を睨み付ける。

「……平気ですよ、勉強中に居眠りする学生なんて
 私の世界じゃ珍しくないです」
柊さんはまた、違う私と私を重ねているのだろう。
ただの居眠りを、疲れを溜め込んでいると
勘違いしたのだろう。

「何を企んでいる!? 何を考えている!?
 何故、あのデータに辿り着いた?」
まだ怒鳴る柊さん。

あー、そう来たか。そっちに反応しちゃったか。
ふふん、こういう場合の対策も
ちゃんと考えてある。

「……え、何のことですか?」
私は英語を言語としては理解できていないのだから
しらを切ればいいのだ。

「あれは…あのデータは……」
「何か、おかしなものが表示されてましたか?
 ごめんなさい、眠たくて覚えてません。
 また操作、間違っちゃったのかな……」
私は目元をこする。

「あれは高度な暗号を解かないと……
 そして意図的にあれを探してでもいないかぎり
 辿り着けないデータだ。
 ……ごまかそうとするな」

さすがだなぁ、
うん、見つけるのに結構苦労したよ。

「私、パズルとか得意なんです。
 苦手な言語をそれと同じ感覚で
 習得もしてないのに使ってるから
 たまたまそこに迷い込んだだけ
 じゃないですか?」

「……本当か?」

「本当ですよ」

今、ばれる訳にはいかない。

「そうか……なら、
 事故の起こらないよう、
 俺からその内容を教えておこう」

「……え?」

え、ちょっと待って。
機密情報だから、部外者の私たちには
隠すべきものではないの?

ここでばらされたら……
台無し、なんだけど……。

「あれは」

どうしよう、どうしよう。
こう来るとは思わなかった……!

お願い、胸に秘めておいて。
私は何も知らないってことにしておいて。

「あれは未来から得た技術情報だ。
 過去も未来も、現在さえも曖昧なこの宇宙で
 何を未来と呼べばいいのかは分からないが……
 未来から得た情報なのだ」

…言われて、しまった……。


2

「あの情報を得たのは偶然だったという。
 まさか、捨てていく基地のデータベースに
 それを残していくとは思っていなかったが……
 この世界では何百年か前に発見されたもの。
 形式上機密ということになっているだけで
 守るほどの情報ではないのかも知れないな」

ああ、教えないで。
私は何も知らない。
そういうことにしておかないと……。

「だがあの情報を元に別世界を構築したのは事実。
 おそらく、気の遠くなるような計算を重ね
 我々はある未来の技術を超えたのだと思う」

「そ、そうなんですか……」
今は相槌を打っておくしかない。

「あのデータがそのまま使える、なんてことは
 まずない。過去に失敗している。
 だから、新天地を作ろうとなど考えるな」
柊さんが、私を睨む。

「はぁ……そんなことは出来ないから、
 きっとその心配はないと思います」

「貴女たちは、きっと元の世界に帰す。
 貴女たちの未来への対策が
 何も見つからなかった時は……
 俺としては非常に不本意だが……
 それでも帰す。だから」

「はい。お願いします」

「……あぁ」

私の素直な態度と自分の態度に
温度差を感じたのか、
柊さんの熱っぽい口調は元に戻った。

「とにかく、妙なことは考えるな。
 それと、無理はするな」
念を押す柊さん。

「しませんよ。これ以上、人が倒れたら……
 ここ、どうやって回すんですか?
 私なんてどうせ猫の手ですけど
 それでもいないよりマシでしょう?」

「猫の手だなどとは……」

「ふっふーん」
私は自分の席に戻った。

新天地なんて、作れないよ。
そんな大それた事、できるわけがない。
私が考えているのは別のこと……。

柊さんが違うことを連想してくれて助かった。


私はそれに安心したせいで、気づきもしなかった。
ここでもさりげなく、密かに……
違う私と柊さんの間で起こったことが
繰り返されていたことに。


ふたりきりの場所で倒れた私は
誰かの助けを望まず
柊さんとふたりきりの時間を望んだ。

……ということに。


  • 最終更新:2012-04-11 09:20:27

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