謎の神隠し事件

神隠し。
子供や娘が突然、
行方知れずになる現象のことであるが
現代では「人が」「何の前触れもなく」
「失踪」する時にもこの言葉が使われる。

集団失踪事件が
異常な事件だと思われなくなったのは
いつ頃だっただろうか。
私が子供の頃は、まだ、人がいなくなったら
それなりに騒ぎになった。
しかし、今は――たいした騒ぎにはならない。

数年前から、数ヶ月おきに
人が一度に大勢失踪するようになった。
そう、まさに集団失踪というやつだ。

数ヶ月おきといっても
決まった周期があるわけでもない。
何の前触れもなく行方知れずになることから
「神隠し」「失踪」という言葉が使われているが
この現象はむしろ「人間の消失」に近いらしい。

失踪であれば、無いなりにも手がかりがあるものだが
この現象は本当に、全く手がかりがないのだ。

テレビや雑誌は確かに大騒ぎしているし
捜す側の警察なども苦労しているのだろう。
だが、肝心の当人ら……
つまり私たち民間人が、一番落ち着いている。

誰かがいなくなったと聞いても、
「ああ、またか……」というのが正直な意見で
たいして珍しい事件ではないと思ってしまう。
自分の親戚だったり友達だったりすると
少し心が痛んだりはするのだが
それでも、時が経てば傷は癒えてしまう。

「どうしようもなかった」と思えてきてしまう。

私たちは、いや私は、いつから
こんなに冷たい人間になってしまったのだろう?

しかし、本当にどうしようもないのだ。
いなくなった人が見つかったことはないし
誰も彼もが、諦めてしまっている。
……もちろん、私も。

つい半月前に親友を失ったのに
どうしてこんなに落ち着いていられるのかな、私は。
自分でも自分の人間性を疑ってしまうけれど
それでも、私は間違いなく、
親友が見つかることを諦めてしまっている。
もう会えないような気持ちになってしまっている。

どうして私は、
こんなに落ち着いた気持ちで、
当たり前のように、今日も登校しているのだろうか。

正直、他人事でなくなれば
もう少し取り乱すとばかり思っていた。
もっと心が動くものだと思っていた。

はっきり言えば、私はそれに期待していたのだ。
誰かがいなくなって、落ち着いているのはおかしい。
だから、親しい誰かがいなくなれば
きっともっと辛くなって――
そう、「悲しい」と感じるだろうと期待していた。
そしてそう感じることこそが
人間らしいことなのだと……思っていた。

しかし現実はどうだ。
私は少し驚いただけで、
何事もなかったかのように
今日もいつもの道を歩いている……。

人間は「心の繋がり」を大切にするものだという。
だとしたら、友を失っても
平然としていられる私は、人間と呼べる存在なのだろうか?


2

目の前が突然、白く光った。

何の光なのかわからないが、
眩しすぎたせいか目の感覚がなかなか戻ってこない。
私の視界は、まだ白いままだ。

非常識な人もいるものだ。
この時刻、この時間帯――
すれ違う人はみな他人とはいえ、
人の迷惑になるようなことをするなんて。

今誰かにぶつかられたら、私は…間違いなく転ぶ。

そんなことを考えていると、
人々の喧噪が急に遠くなっていくように感じた。


「……女性が見るものではない」

白い光の中、男の人の姿だけがくっきりと見えた。
知らない人だ。
男の人はその腕で私の視界を遮った。
なにか、不思議な感覚だ。

目の感覚が元に戻ってくると、
色々なものが見えるようになった。
同時に、色々な音も聞こえるようになった。

ドカン、ドカンと大きな衝撃が走る音。
人々の叫び声。
叫び声を上げながら蒸発するように消える人々。
それを見てうろたえている間に消える人。

私は恐ろしくて、ただ呆然とその光景を見つめていた。
声を上げる余裕もなかった。

私も消えるのだろうか?
あんな風に。

ああ、謎の神隠しってこういう風に起きていたんだ。
でも証言はできないな。
だってきっと、
私も今ここで、同じように消えるのだろうから。

親友も……綾も、
こんな風に消えてしまったのだろうか。

消えていく人たちの中に同じ学校の人はいるけれど
知り合いの姿は見えなかった。
何故か、少しだけ安心した。

何故なのかは、わからない……。

私は目を閉じた。強く、強く。
もうこれ以上、この惨状を見たくない。


「見えてしまったか」

辺りが静かになると、声が聞こえた。

「……えっ?」

驚いて目を開くと、さっきの男の人が立っていた。

「あの……」

私が何かを聞こうと男の人に声を掛けると
男の人は今更、少し驚いた顔をして
逃げるように走り去ってしまった。

追おうと思った。
しかし、足が地面に張り付いたように重く
一歩も踏み出すことが出来なかった。

仕方なくその場に座り込んだ私が見た光景は
夜の街のように静まりかえった通学路だった。
さっきまで忙しそうに歩いていた
サラリーマンの人たちも
私たち学生も、誰もいない。

どうしてこんなことになったのだろう。
どうして、私ひとりだけ、
この街に取り残されてしまったのだろう?

怖い、怖い。

恐怖のせいなのか……
私の意識は、闇に落ちた。


3

あれから2週間……くらい経ったのだろうか。

目を覚ました私が警察に保護されていたとか、
その後、質問攻めにあったとか
そういう疲れる話は短めにする。

あの日あの場所でひとりだけ
消えなかった私は、
横断歩道のど真ん中で気を失っているところを
発見され、助けられたらしい。

あの時消えたのは私以外の人間全て……。
車の運転者なども跡形もなく
消えてしまったらしく
そういった車は事故を起こしていたらしい。
巻き込まれなかった私は、運が良かったのだろう。

私は数日、色々な人から
同じ事ばかり聞かれる日々を繰り返していたが
ある日突然、解放されることになった。
“消えなかった例外”として
もっと色々調べられることも
少し覚悟していたけれど、
『学生なのだから、学業に戻るべきだ』と
納得の行くような行かないような
妙な理由で解放されたのだ。

恐らく、私から得られる情報は
今はない、と判断されたのだろう。
なぜなら、私が説明出来ることは何もないからだ。

『視界が真っ白になった後、
 目の前で人が消え、自分だけが残った。
 気を失ったらしく、
 その後のことは覚えていない』

それしか、私の言えることはないのだから。

そんな訳で、
想像よりも随分早く
いつも通りの生活に戻れることになった。
何か思い出したことがあれば
連絡しなければならないが、
他にすべきことはないらしい。

だから今日からまた、学校だ。


4

「ねぇねぇ、“生き残り”の時丘さんだよ」
「ホントだ。……本物だよね?」

学校では、私の噂が流れているらしい。
言いたいことがあるなら、直接言えばいいのに。
少なくとも、あの子なら――
綾ならそうしてくれるのに。

どうしてこんな思いを、
私がひとりで抱えていなければならないんだろう。


――「どうして、あんただけ」
――「どうして、私だけ」


自分だけ助かったことに一番疑問を抱いているのは、
私自身なのに。
なぜ誰も、それを分かってくれないんだろう。

短い休み時間はなんとか乗り切れたけれど、
もう限界だ。

私は、昼休みは屋上に行くことにした。
……きっと逃げ出したかったのだろう。
この空気から。この苦しみから。

だから、気づかなかった。
朝からずっと私の方を見ていた、
クラスメートがいたなんて。

「…………」



  • 最終更新:2012-03-26 22:45:15

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード